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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第四章 『悪の組織と夏のデキゴト』 前編
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不思議な頼み事 その5

諸事情により遅れました。

新年明けましておめでとうございます。

今年もまた、拙作のご愛読をよろしくお願いいたします。

 川辺での戦闘があった日の翌日。

 ツカサは昨日の事なぞ忘れ、手頃な喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

 カシワギ博士はヴォルトを引き連れて研究室へと篭ってしまい、ツカサは昨日無駄に戦闘をしたからと検査の後に無理やり休みにさせられたのである。

 というワケでフリーとなったツカサは、こうしてヴォルトが解放されるまでの間、喫茶店でのんびりと過ごす気でいるのである。

 「とはいえ、暇な事に変わりはないんだけどねぇ」

 そう独り言を呟くくらい暇なのである。

 平日昼間の為か、はたまた()()()()か。人はまばらどころかツカサと2、3人いる程度。店内のゆったりとしたBGMと合わせて、のんびり寛げる雰囲気が漂う。

 そう、次の瞬間までは。


 ツカサの座る席の傍、その窓に張り付くようにして男の顔が現れたのだ。

 「ヒッ……!」

 これにはツカサもビビる。幸い他の客には気付かれてはいないようだが、流石にこんな事をいきなりやられたら誰だって悲鳴を漏らすだろう。

 その張り付いた顔はじっとツカサを見つめた後、「ヤットミツケタ」と呟いて窓を離れ、急ぎ足で店内へと入ってくる。

 それは、昨日成り行きで助けた少年であった。その後に付いて、申し訳なさそうに少女も着いてくる。

 泉 星矢と宝条 瑠璃の2人である。

 2人は店員の案内を待たず、真っ直ぐにツカサの座る席へとやってくる。

 ツカサは正直逃げたいとは思っていたが、流石に出入口から真っ直ぐに向かって来られてはどうしようもない。

 それに黒タイツとして会っている以上、今の生身のツカサとは全くの無関係だとするしかないのだ。つまり「やましい事があるから逃げる」と思われると逆に面倒なのである。

 ……もっとも、今こうして特定されて目の前の席へと座りこまれた時点で、ツカサにとってはほぼ詰みなのであるが。


 「やっと見つけましたよ、昨日の人ォ……」

 店員は待ち合わせだと思ったのか、ただ2人分の注文を取ってカウンターの奥へと消える。

 どう対処しようかと迷ったまま、結局何も行動できずに着席を許してしまったツカサの側にも非があるのでそれは仕方ないとして。

 「……君達はどちら様かな? 誰かと勘違いしているのでは?」

 今のツカサには、そう言って誤魔化すくらいしか手段がなかった。

 「誤魔化しても無駄ですよ。 これは貴方の忘れ物じゃないですか」

 そう言って星矢はキーホルダー状態の白鶴をテーブルへと置く。

 「ん……私にそのようなキーホルダーを付ける趣味はないよ。何なんだ君達は一体、勝手に人の席に座って……」

 【…………】

 白鶴が黙っているという事は、ちゃんと秘密を守っているという事なのだろう。ならばどうやって嗅ぎつけたのか、という点も気になる所ではあるが、今はそれを聞くと墓穴である。

 何とかしてこの状態を打開せねばと、ツカサはフルに思考を回転させるが、今はこうして否定し続けるしか手段がない。下手にリアクションを取る事ができないのだ。


 「もう彼には全部喋ってもらっているんです。言い逃れはできませんよ」

 「一体何なんだ……大体、今日は平日だろう? 学生が堂々と学校をサボって人様に迷惑をかけるんじゃないよ」

 「手強いですね。でも俺だって師匠になってもらえるまで粘る覚悟で来てるんです。絶対引きませんよ……!」

 その後もあの手この手でツカサから言質を取ろうとする星矢の口撃を、ツカサも完全に初対面で別人であるという形で押し通す。

 もういい加減苛立って席を立ってもおかしくない位には会話を重ねた所で、ツカサはその通りにしようと腰を浮かした瞬間、星矢が待っていたかのように動いた。

 テーブル上に置かれていた白鶴八相を鞘から引き抜き、ツカサの心臓へ向けて真っ直ぐに突き出してきたのである。

 【あっオイ!?】

 これにはダンマリを決めていた白鶴も声を上げて(幸い他の客は気付かない音量だった)、ツカサもキーホルダーの本性を知っていては対処するしかなかった。


 伸びた腕を片手で掴んで切っ先を逸らし、傍にあったティースプーンを星矢の右目の眼前へと突き出したのである。

 その動作はツカサの訓練の賜物というか、身体が反射的にやった事。現に星矢は白鶴を剣の状態に戻してはいない為、傍目から見たら『キーホルダーの剣を戯れに突き出した少年を、明らかに訓練を受けた大人が制圧した図』となるのである。

 これにはもう、言い逃れをする事はできなかった。

 「……悪いことをしたとは思いますが、できれば諸々を離してもらえますかね……?」

 「……あー、クソ。何なんだお前ら……」

 ツカサはもう呆れを通り越して諦めて、腕を離してスプーンを引いた。話を聞くよりも騒がれたら面倒という方向にシフトしたのである。

 「要求はひとつですよ。弟子にしてください」

 「昨日と同じ意見しか返さない。他を当たれって言ってるんだよ」

 まぁどの道ツカサの正体を知った以上、言いふらされると困るので店を出た瞬間に背後から襲って、ダークエルダーの施設送りとなるのだが。そこであれやこれやとヤッて帰せば何とかなるだろうと、ツカサは考えていた。

 しかし……。

 「いいえ、他を当たる気は毛頭ありません。貴方だからこそ、弟子になりたいのです!」

 と、星矢は何故か引く気を見せなかった。


 「おいおい、なんだお前……」

 これにはツカサも困惑するしかない。

 「すいません、変なやつで……」

 星矢の隣でずっと黙っていた瑠璃も、苦笑気味に謝るだけで要領を得ない。

 「俺……あの時、貴方の強さに惚れたんです! だから教わるなら貴方からがいい……いや、貴方からしか教わりたくないんです!」

 完全に拗らせている何かであった。

 「いやあ、だからってなぁ……」

 ツカサも個人的な理由ばかりで断っているワケではないのだ。未成年が悪の組織に所属すること自体が危険を伴う事もあるし、第一、そのまま頑張っていれば間違いなくヒーロー側の人間になれるのだ。何故それを蹴ってまで悪堕ちしたいのか。

 【コレについては、こっちも色々考えてんだぜ?】

 星矢だけでは埒が明かないと悟ったのか、白鶴が途中から話に加わる。その理由とは、


 1、独学では半年後に負ける未来がほぼ確定している。

 2、その間、ヒーローと関わる機会は極端に少なく、協力を取り付けられた試しがない。

 3、日本最大級の組織であるダークエルダーに所属できれば、悪の組織とはいえ相互協力は可能であり訓練やその他のフォローを受けられる可能性がある。

 4、第一目標が宝条 瑠璃の身の安全の為、それを叶えるには個人の武力(ヒーロー)よりも集団の利点(ヴィラン)を選ぶ方が理にかなっている。

 5、宝条 瑠璃の巫女としてのチカラと、泉 星矢の聖剣使いの武力を交換条件として提示できるため、ヒーローの善意に頼るよりは余程現実的である。


 と、一晩でここまで考えを出したそうだ。正直メリットばかりに目がいっていてデメリットについては何一つ語ってはいない所が気になるが、その辺りはどうにかなってみないと分からないというのもあるし、何とも言えないのかもしれない。

 「お願いします! 師匠にウンと言ってもらえれば、俺はなんでもやりますから!」

 「ん?」

 いやいや、流石にここでなんでもの言葉狩りは止めよう。

 【俺からもお願いする。お前との出会いは、これまでに無かった事だ。この新しい可能性に賭けたい】

 「私からもお願いします。正直、このチカラの事とかよく分からないけど……でも、星矢(セイ)が私の為に頑張ってくれるなら、私も頑張らなきゃいけないって思ってますから」

 と、3人(ひとつはキーホルダー?)にお願いされ、公の場で頭まで下げられてはツカサも折れるしかない。というか世間体的に折れざるを得ない。

 「分かった分かった。……ただし、ウチに所属する為には色々と手順もあるし、他にも処理しなきゃいけない事が山積みだから、今日はその手順の説明やら迄だ。そこで躓くようならちゃんと諦めてくれよ?」

 こうして、結局ツカサはヴォルトが帰るまで色々と説明する事となったのだった。


 その後もまた一悶着あったり無かったりするのだが、結論から言えば、彼らもまたダークエルダーの一員となり、ツカサのいる支部の食堂と医療部でバイトとして働く事となる。もちろん戦力としても期待はされているが、未成年は戦闘員になれない為、お披露目はしばらく後だろう。

 ヒーロー前線に新たなる戦力現る、と全国の支部で話題になったりもしたのだが、当の本人達には何処吹く風。

 「ツカサ先輩、今日も特訓お願いしますよー!」

 「うっせぇな! 今日はやらないって言ってんだろうがよ! 黒タイツ着て素振りでもしてろォ!」

 「お、少年! 筋トレはどうだ!? 筋肉は全てを解決できるぞ!」

 こんな感じで今日もまた、悪の組織は平和な日常を送ったのでした。

瑠璃「ねぇ、なんであの人があの黒タイツの人だって分かったの?」

星矢「仕草と体格とオーラと匂いとカン」

瑠璃「そっかぁ……。それ、本人の前で言わないでね? 大丈夫、私ならずっと傍にいるから……ね?」

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