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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第四章 『悪の組織と夏のデキゴト』 前編
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不思議な頼み事 その4

 少年とヒロインと黒タイツと残り七体のモンスター。

 字ズラにして相当ヤバい光景が今、住宅地に流れる川の傍で起こっている。

 これが聖剣を手にした少年とヒロイン、そしてそれを襲うモンスターという構図ならばフィクションにでも有り触れた光景故に、誰もが想像できる情景ではあろう。だがそこに、全身黒タイツで金色にも似たオーラを全身から立ち登らせている奇人が居たら、その絵面は完全にド〇フか何かのソレだ。

 幸いな事に目撃者はいない。当事者のみがこの状況を観測できているというのが幸いと言えばそうなのかもしれない。

 「グゲギャッ!?」

 「まずは一匹!」

 聖剣『白鶴八相』を握る少年、泉 星矢が四匹のモンスター(今しがた一匹減ったが)を相手取り、黒タイツのツカサが残った三匹を相手に立ち回る。

 初戦にしては動きのいい少年の動きを横目に、ツカサはイラつきをぶつけるべくモンスターへと接近し、まずは手前の一匹のクビを手刀で薙いだ。


 生身に近い黒タイツ状態とはいえ、気功の能力があればその身体能力はヒーローと同レベル。たったの一発でクビがあらぬ方向へと曲がったモンスターはすぐ様塵と化し、残った二匹にも動揺が走る。

 「遅い」

 モンスターの塵を目隠しとして瞬時に場所を変えたツカサは、既に二匹目のモンスターの後ろ。振り向かれる前に震脚を踏み、全身の捻りを乗せた拳をその無防備な背中へと叩き込む。

 おおよそ日常では聞く事の無い重い効果音と共に、モンスターの身体がくの字に曲がる。

 そのまま数秒、ピクピクと痙攣していたモンスターは、他と同様に塵と消えた。

 「ゲギャギャ……!」

 劣勢を悟ってか、ツカサの側にいた最後の一匹はその羽を拡げ、地を蹴る。

 どうやら逃げるつもりのようだ。

 「お待ちになって~♪」

 だがツカサとしてもじっけ……敵を逃がすつもりは毛頭ない。同じく地を蹴り、既に空へと上がっていたモンスターの足首を掴む。


 「ギッ……」

 モンスターの側からすればまさに恐怖。

 自分達以上に奇怪な格好をした変態が、表情も分からぬ状態で圧倒的な火力と機動力を持って迫ってくればさもありなん。

 「あはははは! あははははははははははは!」

 最近まで争っていたどんな強敵達とも違う、格下との戦闘。つまり雑魚狩りの楽しさに目覚めたツカサは、狂ったように笑いながらモンスターの背をゆっくり時間を掛けて這い上がる。

 足首から太もも。腰、二の腕、肩と順に掴んでは登って上がるツカサに、モンスターも必死の形相で反撃を加えるが全く効果が現れない。そして、

 「もう逃げられないゾ♪」

 モンスターの腰辺りに、俗に言う『蟹バサミ』と呼ばれる形でしがみついたツカサは、軽い手首のスナップだけでモンスターの片羽をへし折る。

 「ギギャギャ……ァ……」

 モンスターとて意識ある生命体。這い寄る恐怖に耐えきれなかった彼は、空中で失速し墜落しながら意識を失った。



 ◇



 「さて、と。まぁこんなもんだろ」

 三匹のモンスターを弄んだツカサは、気を失ったヤツだけをダークエルダー特製の捕獲ネットを何重にも掛けて確保し、ワープ装置経由で施設送りにした。

 倒せば塵になってしまう存在とはいえ、カシワギ博士ならばどうにかして研究するだろうと、そんな思惑である。

 「ありがとう、ダークエルダーの……人……? とにかく助かった」

 どうやら少年の方も片付いたらしく、慣れた様子で剣を収めてツカサへと歩み寄ってくる。その際に瑠璃と呼ばれた少女が小走りで近寄って来て少年の服の端をちょっと掴む光景を、ツカサはどんな表情で見ていたらいいのか分からなかったが、どの道表情は伝わらないのでさておく。

 「気にするな。俺はその剣を届けるという依頼を受けたついでに助っ人に入っただけだ」

 ツカサとしては今後の彼らの動向等が気にならないわけではないが、今はダークエルダーの戦闘員の一人としてここに立っている為、下手な行動は慎むしかない。

 黒タイツのまま帯剣した少年少女と立ち話とか、見つかった時点で通報ものだし、かといって目の前で黒タイツを脱ぐという選択肢は美学に反する。

 つまりここは黙って立ち去るのがベスト。彼らが今後も生き残るならば、いずれ噂くらいは耳にするだろう。


 「ではさらばだ少年。白鶴八相、くれぐれも我らの情報を洩らしてくれるなよ?」

 【まぁ協力してもらう時にそういう約束をしたしな】

 「え……この剣喋るの……? 気持ちわる……」

 【おいおい巫女ちゃん、そりゃねーって!】

 戦闘中は黙っていた白鶴も、今後の意思疎通の為には喋らないわけにはいかない。それもあってちょうどいい機会だと今声を発したのだろうが、やり直す度に気持ちわるいと言われてるのかと思うとちょっとだけ不憫に感じた。

 まぁツカサにはもう関係のない事である。このままひっそりと移動して、近くの電話ボックスまで行けばもはや他人同士だ。

 「あ、待ってくれ!」

 しかし、ツカサが黙って離れようとした所、少年が何故か後から追いかけてきて声を掛けてくる。

 「……まだ何か用事でも?」

 もうこの少年には、黒タイツであるツカサとこれ以上関わる理由はないはずだ。

 だが悪の組織として、誰からも怨みを買っていないとは言いきれない。「助けてもらったところ悪いが死ねぇ!」なんてバッサリやられる可能性もあるので、ツカサはゆっくりと振り向きながらも気功を練り上げる準備だけはしておく。


 少年が、おそらく剣の間合いスレスレで押し黙ること数秒。彼は真剣な面持ちで黒タイツの顔を見て、

 「な、なぁアンタ……俺に、俺に修行をつけてくれないか!?」

 なんて宣った。

 「はぁ?」

 これにはツカサも素っ頓狂な声を上げるしかない。

 よりによって悪の組織の、それも戦闘員枠の黒タイツである今のツカサに修行などと、まるで意味が分からない。

 「俺、この白鶴八相を受け取った時に夢みたいなのを見たんだ。俺はこのままじゃ、いずれ力不足で負ける事になる。……だから、アンタに修行を」

 「却下。断る。断固拒否」

 ツカサは最後まで聞くことなく、拒絶をもって対峙する。

 「ど……どうして!?」

 「理由はみっつ。ひとつ、俺にそれを受けるメリットがない。ふたつ、俺は悪の組織の一員。そしてみっつ。敬語も使えないような糞ガキが気に入らない。誰が無償でお前みたいなヤツの面倒を見るってんだ、ああ? 大人しくそこら辺のヒーロー捕まえて教えを乞うんだな」


 ツカサは悪の組織の一員であり、これでも立派な社会人であり、オタクである。

 ぶっちゃけた話、こんなムカつくリア充の面倒を見るくらいならば某アニメのエンドレスなエイトをループ再生した方がまだ有意義だと思っている。

 「じゃ、じゃあ口調も直します! 報酬だってバイトして用意します! ダークエルダーに入隊だって……!」

 それでもなお迫ろうとする少年に、ツカサは衝動的にその顔面を鷲掴み、若干痛みが走る程度に力を込める。

 「おい少年、勘違いするなよ? 俺は前報酬で依頼を受けたから今回助けに入っただけだ。誰もがヒーローのように善意だけで動くと思うな。ただでさえお前はこれからその少女を守っていく事になるんだから、悪の組織じゃなくヒーローを頼れ。分かったら今すぐ彼女の髪でも撫でてやりぁいいんだよぶっ飛ばすぞ!」

 「う、あ……その……」

 ツカサもここまでするつもりじゃなかったが、苛立ちが抑えきれなかったのだ。それは様々な理由で発生した苛立ちではあったが、何が原因で暴発したのかはツカサにも分からない。

 まぁこれだけ強く言えばもう追いかけて来ないだろうと、ツカサは手を離し、今度こそとその場を後にする。

 その場に残ったのは、少年少女と白鞘の剣のみ。モンスターが居たという痕跡である塵は、いつの間にか風に流されて無くなっていた。

 ちなみにですが、少年の走馬灯は白鶴八相のせいではありません。神様(?)が何度もリトライしたせいで、今回たまたまデジャビュに近い形として現れただけです。

 自身が敗北する未来を知っていると、その惨劇を回避したくなりますよね。今回の修行の依頼もそんな感じです。


 後は余談というかネタバレというか。

 少年はこの戦闘で黒タイツ(INツカサ)に惚れています。いわゆる「男としてその強さに惚れた」とかそういう方面です。決して同性としての恋愛方向ではございません。決して。

 その厄介さは次のお話辺りで。

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