表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第四章 『悪の組織と夏のデキゴト』 前編
130/385

不思議な頼み事 その1

 特に何事もなくお盆も終わり、コ〇ケ戦士としても実りの多い3日間が終わり暫くを休養に当てたあと。

 お盆休み明け初日はみんなダルいだろうからと、簡単な事務処理や手持ちの仕事を終えたら定時扱いで帰ってよろしいとされたホワイトな悪の組織のある日。

 ツカサも他の社員の例に漏れず、カシワギ博士のファンネルとして活動してきた成果と報告を終えて帰宅しようと準備している最中に、それは起こった。

 「おっ……と?」

 突然フラついてしまう程の、強烈な眠気が襲ってきたのだ。

 「おいおい大丈夫か相棒。いくら頼り甲斐のある筋肉とはいえ、突然人の大胸筋を触るのはどうかと思うぞ?」

 「悪い……大胸筋を意識できるほどの思考能力がもうない……」

 なんとかカゲトラの大胸筋に手を付き身体を支えてはいるものの、それがなければそのまま倒れてスヤァしてしまえるほどの抗い難い眠気。それが今ツカサを襲っているものだった。


 「ふむ。……ツカサ、悪いが抱きかかえるぞ」

 そういうや否や、カゲトラはすっとツカサの腰に手を回し、そのまま肩に担ぐようにして持ち上げてしまう。

 成人男性を一人で抱えるなんて本来なら有り得ない光景ではあるのだが、この場にそれをツッコむ者はいなかった。

 「カシワギ博士、相棒の体調が悪そうなんで医務室のベッドに突っ込んでおきます」

 「ああ、分かった。その先はワシが面倒を見るから、カゲトラくんも今日は帰りなさい」

 その会話を聞いたかどうか辺りで、ツカサの意識は遂に根負けし、深い深い眠りの中へと落ちていった。



 ◇



 「……なる者よ………」

 声が聞こえる。

 それは聞きなれない年老いた男性の声で、だけど不思議と耳心地の良い声色。

 「勇敢なる者よ……」

 その声はツカサの意識を揺さぶり、深くまで落ちた意識の覚醒を促す。

 「勇敢なる者よ、目覚めるがいい」

 三度同じ声が耳朶を刺激し、ようやくツカサは目を覚ました。

 「……知らない天……白い、空間……?」

 オタクのお約束をしようとして、それが不可能な事に気付く。何故ならばそこは、床と壁と天井の境さえも曖昧な白い空間。

 クトゥ〇フ神話TRPGとかのシナリオ導入でよく見るような、そんな謎空間が目の前に広がっていたのだ。

 「目覚めたか、勇敢なる者よ」

 「……どちら様?」

 声のした方へと振り向けば、そこには灰色のローブを身に纏い、手に樫の杖を持つひとりの老人が立っていた。

 ツカサからすれば顔も知らない、見ず知らずの他人である。


 「ちと荒っぽい招待でスマンのう。夢へと誘うのが一番手っ取り早いので、そうさせてもらったんじゃ」

 そう宣うと老人は、杖を一振して足元へと向ける。その瞬間、その場に湧いて出たかのように、ちゃぶ台と二人分の座布団と番茶、お茶請けの煎餅が現れていた。

 「おお……転生ものでよくある神様との対面シーンのようだ」

 「実際そんなもんじゃがのう。ま、ワシも神として召し上げられてから数百年の若輩者。人前に出てこれる程度の下っ端なもんで、緊張せんでもええよ」

 冗談混じりで神様と口にしたら、その認識で合っているようだ。

 神様は座布団へと座り胡座をかくと、ツカサにも対面へと座るように促す。状況が飲み込めない状態で逆らう気にはなれないので、ツカサは大人しくその指示に従った。

 神様が番茶を飲んだのに合わせて、ツカサも一口。

 「う、美味い……!」

 近頃は急須で入れるお茶なぞ滅多に飲まなくなったが、それでも今まで飲んだお茶の中でも最も美味であると感じられる、それ程までに美味いものであった。

 「それは良かった。……さて、ではどうしてキミを喚んだのか、という話からさせてもらおうかのぅ」

 神様は煎餅を一枚取り、よっつに割ってから一欠片ずつ咀嚼し、その合間にツカサへと語る。


 「まず、君をこの場へと喚んだのは、ひとつ頼み事をしたいからじゃ」

 「頼み事?」

 「うむ。今ここに聖剣が一振りあっての」

 神様はそう言うと、何処からともなく白鞘付きの直刀型のキーホルダーを取り出し卓の上へと置いた。

 「聖……剣……?」

 どう見ても観光地で買える、中学生向けのカッコイイ見た目をした実用性皆無のキーホルダーだ。

 「この、どう見ても観光地で買える、中学生向けのカッコイイ見た目をした実用性皆無のキーホルダーが聖剣じゃ」

 ツカサの心が読めるのか、実際本人もそう思っていたのかは分からないが、一語一句全く同じ感想を言われたらツカサも怯む。

 【酷い言い様だぜ爺さん! このデザインの方が巷じゃナウでヤングだって言うからそうやって作ったクセによ!】

 「このキーホルダー、喋るのか……」

 【おうよ! 俺様は聖剣『白鶴八相(はくつるはっそう)』ってんだ。宜しくなアンちゃん!】

 「お、おうよろしく……。で、このキー……聖剣を、俺にどうしろと?」

 最早ツッコミを入れるのも面倒になってきたので、そういう物だと割り切って話を進める事にした。

 悪の組織に所属してから、割り切る事の大切さを思い知る毎日である。


 「うむ。これをとある人物に渡して貰いたいんじゃよ」

 神様曰く、今日は『治癒の巫女』と呼ばれる少女のチカラが目覚める日らしく、そのチカラを狙ってこれから数々の悪の組織がその少女を攫いに来るのだそうな。攫われたら最後、過去に地上を滅ぼそうと暴れた邪神の復活に利用されるらしく、その邪神を倒すには、某光の巨人が地球に現れて子供達の光で金色に輝かないとまず無理とのこと。

 それ程までに重要な人物も、今はまだ普通の女子校生らしく、今日も学校へと通っているらしい。そしてその帰り道で攫われてバッドエンド一直線、なのだそうな。

 「その少女の傍には、この聖剣を持つにうってつけの少年がおる。その少年をナイト役にすべく、この聖剣を上手いこと言いくるめて渡して欲しいのじゃよ」

 「あの、言いくるめてって、今回みたいに夢へと押し入って事情を説明したらダメなんですか?」

 【ああ、それを試してダメだったからアンちゃんに頼んでるんだよ】

 神様の代わりに聖剣『白鶴八相』が答える。もう面倒だし白鶴って呼んだ方が楽そうだ。

 【少年本人か巫女に事情を説明して、それを信じてもらえずに攫われたのが128パターン。直接降臨して手渡しても半年後に結局攫われたのが29パターン。無理やり渡して使わせても両者共に殺されたのが9パターン。他のヒーローが助けに入り事なきを得るも、後日そのヒーローが乱心し巫女がアレな暴行されて自殺したのが2パターンだったか? ……ま、つまり何度もバッドエンドを繰り返して試行錯誤している最中って事だ】


 つまり神様としては、その巫女に幸せになってもらいたいけれど、どうあっても不幸になるから正解のルートに入るように誘導している最中という事か。

 「君をこうやって引き留めずに帰した場合、その帰り道で数時間後に巫女への目覚めと最初の遭遇戦が起こる。だから君なら、その場面に立ち会っても上手く立ち回ってもらえると判断した次第じゃ」

 神様はそう言うと、また一枚煎餅を齧る。人の生き死にが掛かっているのに緊張感の欠片もないのがまた神様らしいというか。ずっとやり直しばかりしているから重たく考える気もないのだろう。

 「もちろんタダでとは言わん。引き受けてくれたのなら君にもそれなりの報酬を渡すつもりじゃし、断っても罰したりはせん。どうじゃ?」

 「んー……いいですよ、渡す役目くらいなら。詳しい説明とかは白鶴がやってくれるのならば、後はその少年に剣を持たせれば良いだけですよね?」

 「おお、やってくれるか! 有難い事じゃ。ならば報酬とこの白鶴八相は現実の枕元に置いておくから、目覚めたら確認しておくれ。いいか、最初の戦闘は河原で起こるからの。そこでちょっと立ち止まってくれれば、すぐに分かるはずじゃ。よいな、頼んだぞ……」


 その言葉を最後に、ツカサの意識は引っ張られるようにして浮き上がっていく。言いたいことをいうだけ言って放り投げるのは、実に自分勝手な感じもするが、まぁそういうものなのだろう。

 さて、後は現実がどうなっているかだが。

 (なるようになる、か)

 ツカサはなんとなくだがワクワクしながら、意識の覚醒を待つのだった。

 カッコイイ刀型のキーホルダー、まだ置いてある場所も多いですよね。あれがもし本物の剣のサイズに変化したら、とかそんな妄想をしていた時代は誰にしもあるかと思います。……あるよね?

 今回は、そんな剣を急に手渡される少年が主人公になる為の、導入役としてツカサが抜擢されるお話。

 悪の組織だって、平和を守れるんだ!(なお本人としては、手渡すだけで今後関わる気は一切ないもよう)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ