その名は、ブレイヴ・シルフィ その3
デブリヘイム『ダークカブト』との死闘の末、何とかトドメを刺すことに成功したハク達は、数秒の緊張の後に脱力した。
「つっかれたぁぁぁぁーっ!」
ツカサはボロボロになってしまった剣と鎧を戻し、私服姿で地面へと転がる。
ハクとして戦ったツカサは、クロックアップ中に受けた攻撃のせいで全身アザだらけではあるが、なんとか命に関わるようなダメージを受けずに済んだ。
だが満身創痍であることには変わりなく、その末に覚醒した気功パワーのおかげで動けてはいたが、それももう限界に近い。
それでもなんとか首だけを動かし、ちょうど地面へと降り立ったブレイヴ・シルフィへと向ける。
「ありがとう、助かった。君がいなかったらもっと苦戦していただろう」
「……勝てなかった、とは言わないんですね」
シルフィは両手の銃を空間へとしまい、ツカサと並ぶようにして地面へと座る。その際にちらりと下着が見えそうになって、慌てて顔を背けたツカサが首筋を痛める事になるのだが、まぁそんな事はどうでもいいだろう。
「……さっきも言いましたけど、私実戦て初めてなんですよ」
「そういえばそうだったな。どうだった、楽しかったか?」
「……楽しいワケ、ないですよ」
重傷ではないがボロボロになるまで傷を負ったツカサが、あくまでも軽い感じに話すのに対し、無傷なのに沈痛な面持ちでポツリと話すシルフィ。あべこべの対比ではあるが、かたや最早歴戦とも言える戦士で、かたや数分前までは一般人。考え方も違うのだろう。
「私、ついさっきまで、戦いってもっと軽いものだと思ってました」
シルフィは膝を抱え、顔を埋めるようにして、話す。
「みんないっつもヘラヘラしていて、デブリヘイムだって思ってた以上に早く片付いて。……よく入院している人もいたけど、でも全く暗い様子なんかなくて」
「………」
ツカサはただ、黙って話を聞いていた。
確かに、日本人が戦場に顔を出す機会なんて今まではそう無かった。ただあるがままの平和を享受し、必死に引かれているレールから転げ落ちないように走るしかない人生しか過ごせなかったならば。
ここ数年で情勢が変わるまで、日本は本当に平和だったのだ。
「みんないつも、毎日元気でやってるって勝手に思ってたんです。でも……」
「実際に、人類の天敵であるデブリヘイムと戦って、考えが変わった?」
「……はい」
そこで突然、シルフィは動けぬツカサの頭を一旦抱えあげ、自らの膝の上へと落とした。
「あだだ、ちょっ、なに?」
「動かないで。……しばらく、動かないで、ください」
いわゆる膝枕、というものであるが、ツカサとしてはさっぱり状況が分からない。分からないが、動く体力も残っていないし、何より一瞬だけコメカミに当てられた硬い銃口のような感触が怖くて動く事ができない。
そういう事にしておこう。
「あんな簡単に、目の前で誰かが死にそうになるなんて、思ってもみませんでした」
なんでもなかったようにシルフィは話し出す。
その表情も見ようとしても、片手で目隠しをされ、片手でゆっくりと頭を撫でられては微動だにできない。
「……貴方は、怖くないんですか?」
「怖いけど?」
目隠しをされたまま、でも自分へと問いかけられているのだと分かっていたので、直ぐに答えを返す。
そう、ツカサだって戦うのは怖いのだ。
「怖いけど、自分がやらなきゃ目の前の誰かが傷付くから。できるのにやらないで、その結果が最悪な物になったら。そうなるくらいなら、戦った方がマシだと思ってるだけ」
要するに自分の為に戦っているのだと、ツカサは笑う。
正義の為に、なんて悪の組織の一員が言うセリフではないし、ツカサの場合は戦う事で利益も発生する。それを思えば、真に賞賛されるべきは人々の為に無償で働くヒーロー達なのだ。
「というか君も、今日からヒーローの仲間入りなのだろう? だったらじっくり考えてみるといい。自分が戦う事で何を守れ、何を潰すのか。そのたいててててッ!?」
せっかくいい事を言おうとしたのに、突然両耳と引っ張られて中断させられてしまった。その上もう飽きたのか、頭をポイッと横に投げ出され強かに強打し、悶絶する羽目となる。
「あんまりクサいこと言わないでください、恥ずかしくなるので。もう気が済んだので、私は帰ります。お疲れ様でした」
言いたいだけ言って、少女は風を纏い宙へと浮く。そしてそのまま森の奥へと潜って行き、やがて見えなくなった。
「いってぇ……何なんだ一体」
【くくく……さぁね。身内が不幸な目にでもあったんじゃないの?】
ずっと黙って成り行きを見ていた貂蝉アンコウも笑うばかりで、ちっとも具体的な事は言ってくれない。
「おーい! ツカサさん達大丈夫なのか!?」
そこで地元の救助隊やご当地ヒーローと合流した日向達も合流し、いつの間にかカレンもその中に加わっている。
どうやら住民の安全も確保されたようで、これでようやく一件落着といったところか。
何ともまぁバタバタの特別休暇ではあったが、得られた経験は確かにある。これを全て糧とできたら、今以上に強くなれる事だろう。
【で、動けるの?】
「……運転、できたらいいなぁ……」
という、なんとも締まらないオチである。
余談だが、次の日からのお盆はダークエルダー特製の塗り薬を貰い、実家療養と洒落こんだツカサ。その時のカレンは何だか普段より3割増で優しかったそうな。
そして何故かヴォルトは3割増で口調が冷たかったらしい。理不尽な世の中である。
ツカサ 「ウチの実家、来る?」
ヴォルト「嫌よ。まだ自室に篭ってる方がマシ」
ツカサ 「マシってそんな……」
ヴォルト「アナタ、この頃ずっと危険に首を突っ込みっぱなしじゃない。おやすみくらい戦わずに過ごしなさいよ。剣も修理中なのだし、ギアには黒タイツだけ入れて行ってらっしゃいな」
ツカサ 「べ、ベルトはお守り……」
ヴォルト「お守りは黒タイツで我慢なさいって言ってるのよっ!」
ツカサ 「分かった、分かったからアザを狙って蹴らないで!?」