7日目の浜辺と、赤、青、黒、妹 その2
ツカサの運転するクルマで一時間弱。
そこは浜辺からも遠く離れ、山と森に囲まれた山村と言うべき場所であった。
「……なんで、こんな所の祭りに興味を?」
なんて、誰もが思ったほど小さな小さなお祭り。神社の境内ではあるが、大した行事もなく、屋台だって地元の人が楽しむ最小限の物しか抑えていない、そんなお祭りである。
「実は……なんとなく呼ばれた気がしたんです」
カレンはそう呟くと、屋台はそこそこにフラっと人混みに紛れ、やがて見えなくなった。
一応遠くには行くなよと声をかけはしたが、今の時代ならスマホで連絡もできるし、なんならダークエルダーに所属している者同士なら様々なサービスを受けられる。そうそう迷子になることは無いだろう。
「ま、あの子の事だし気が済んだら帰ってくるだろ。せっかく来たんだし、私達も回ろうぜ?」
陽と美月も、最初はわざわざ遠出する程のものでは無いだろうと半ば放心していたようだが、せめて楽しもうと気分を切り替える。
そうして生まれたペアリングが、陽・美月ペアとツカサ・貂蝉アンコウペアである。
「やめやめろォ! 美少女同士3人で回ってくれェ!」
というツカサの悲痛な叫びも虚しく、貂蝉アンコウがどうしてもツカサと2人きりで遊びたいと強請った為にこういう形に落ち着いてしまったのだった。
【私と一緒はご不満?】
「目立つんだよ美女過ぎて! こんな路傍の石ころみたいな男と一緒にいるのは不釣り合いなんだってばよ!」
オタクとして生き、卑屈根性の染み付いたツカサには、別の種族とはいえ余りにも美しく完成された貂蝉アンコウの隣を歩くのはもはや拷問に近い。まぁだからといって陽と美月のどちらかと歩けと言われたら、それはそれで同じような反応をするだろうが。
むしろ先日までの荷物番兼男避けのお守り代わりの方がまだ精神的に楽だったまである。陰に住むものには日差しは眩し過ぎるのだ。
【ハイハイ分かったから、早く行きましょう? 私焼きとうもろこしって食べてみたかったの】
「いだだだだだだからって腕の関節キメるなってぎゃああああ……!」
……とまぁ、そんな感じで祭りを楽しむ羽目になったそうな。
◇
祭りの様子なんてのはバッサリ割愛して、ツカサがようやく周囲の目や舌打ちにも慣れてきた頃。
カレンを除く4人が射的の屋台の前で出会い、競うかのように遊び始めた時になって、それは唐突にやってきた。
カツンカツンと、固い足音が参道に敷かれた石畳を叩く。それは普段の人の足音よりも強く耳に残るような、そんな音。
「あー、仮面ラ〇ダーだぁ!」
最初にそれに気が付いたのは、鳥居の近くで遊んでいた子供達。彼らは口々に「すげぇ~」とか「かっこい~」とか「完成度たけーなーオイ」等と呟きながらも、それが通り過ぎるのを遠目に見送る。
「すいません、このお祭りはコスプレ等が禁止されておりまして……」
次にそれを見咎めたのが、境内の清掃をしていたアルバイトの巫女さん。彼女はここ数年で増えた、お祭りと聞くとコスプレをして集まる集団に対してお帰り願うよう指示されていた為、一応の義務として言葉をかける。
そして、次に気が付いたのは、
「!? オイ、ソイツから離れろ!」
ツカサは咄嗟に屋台のコルク銃を手に掴み、その銃口をコスプレ男? に向けたまま走った。だが直ぐに無意味だと悟り、周囲の注意を引くために上空へとコルクを打ち上げた後、銃をコスプレ男へと投げ付ける。
「おい、司さん! どうしたんだ!?」
その異常性に気付いたのか、後ろから陽達も追ってくるが、今は構っている暇も惜しい。
(間に、合うか……!?)
ツカサの直感が正しければ、このコスプレ男? は、決して仮面ラ〇ダーとか、ヒーローの類ではない。恐らくは、大量の餌に釣られてノコノコと現れた、災禍の化身。
「こっちを見ろデブリヘイムゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
その、ここ最近で一番の大声を上げたツカサの振るった白狐剣が、何事かと振り向こうとしたアルバイト巫女の生命を救った。彼女のクビの薄皮一枚まで迫っていたデブリヘイムの鉤爪を、既の所で止める事に成功したのである。
神社の境内に似つかわしくもない派手な金属音が鳴り響き、周囲の人は何事かとそちらを見て、デブリヘイムという言葉を聞いて驚き、そして蜘蛛の子のように散ってゆく。
「あ……ァ……?」
唯一というか、あと一瞬ツカサが遅れていたら物理的にクビが飛んでいたはずの巫女は、まだ状況が飲み込めていないのか呆然としてしまっている。
【ハイハイ邪魔よっと】
気を利かせてか、本当に言葉通りに自らが戦う舞台に邪魔だと感じたのか、貂蝉アンコウがその巫女を後方へと引っ張り投げ、陽と美月にキャッチさせる。
「いや、危ねーだろ!?」
という言葉も、今の貂蝉アンコウには聞こえていない。今の彼女はただのバトルジャンキー。数ヶ月前までは地上を覆い尽くさんとしていた強者に、興味津々なのである。
巫女が文字通りに飛んで行った事で、ツカサもようやく一息というか、若干距離をとって改めて白狐剣を構える。デブリヘイムの方は何を思ってか、先程クビを落とそうとした後から腕を下ろしただけで、そこからピクリとも動かない。目の前のツカサや貂蝉アンコウを警戒してなのか分からないが、この間は貴重だ。
【強いの?】
「強いなんてもんじゃないさ」
貂蝉アンコウの簡潔な問に、ツカサも出来うる限り簡潔に答える。
「なんたってコイツは、かつてデブリヘイム『マザー』を守っていた幹部タイプと同型。正真正銘のモンスターだよ……!」
その叫びに答えるかのように、そのコスプレ男……否、デブリヘイムはキシキシと哭く。その様相は、かつて黒雷が倒したカブトムシ型に酷似しているが、色は赤ではなく黒に近い。装甲に走る紋様も違うし、なんならサイズも一回り近く大きく見える。
「ひとよんで、デブリヘイム『ダークカブト』ってか……。くそ、なんで野良でこんなのが彷徨いてるんだよ……」
ボヤいたって始まらない。ツカサは鞘の付いたままの白狐剣を掲げ、大きく息を吸った。
出来ることなら、知り合いの前で変身するのはもっと後が良かった、なんて事を考えながら。
しかし、もう後戻りはできない。
「──白狐、剣・装!!」
ならばせめてド派手く、ヒーローのように。
光の奔流に呑まれたツカサは、数秒の後にその純白の剣を振るう。
そこに現れたのは、白狐をモチーフとした白き剣士。
「司さん……あんた……」
「俺達が時間を稼ぐ。だから逃げろ!」
未だ巫女を抱えたままでいる陽達に声を掛け、己は『ダークカブト』と向き合う。
【やだ、ちょっとゾクゾクしちゃった……♡】
今の姿のツカサに対しても興味を持ってしまった貂蝉アンコウも、共闘という形には合意してくれているらしく、きちんと『ダークカブト』へと向き直り、両の鉄扇を淡く振るう。
張り詰めた空気の中、両者が同時に大地を蹴り、数合の剣戟音と火花が散る。
激戦が、始まった。
『マザー』を失ったデブリヘイム達の大半はヒーローによって討ち滅ぼされましたが、運良く生き残りチカラを蓄えていた個体もいるという事です。
彼らもチカラを蓄えた後には新たな『マザー』となり、やがてはまた同じ事を繰り返すのでしょう。
その為の流星戦士アベルなのですが……彼の出番は犠牲になったのだ。見せ場を作る為の犠牲、その犠牲にな。