2日目の浜辺と、赤、青、黒 その1
海洋生物達との濃厚な一日を終えた翌日の朝。
一日目に黒タイツとして働いていた者は本日は休みとなり、代わりに昨日休みだった者が今日は黒タイツとして屋台の店番へと駆り出されていた、そんな中。
『いやはや、報告を聞く限り大変だったようじゃのう』
「まぁ、怪我人が出なかっただけマシですよ……」
ツカサは昨日の戦闘結果の整理も兼ねて、出不精で研究室から出ようともしない上司……カシワギ博士へと報告を行っていた。
『相変わらずブレイヴ・エレメンツの録画はジャミングが激しいようじゃが、呂布イカ達の動きはそれなりに撮れておるな。周囲360度からの同時録画にて、対戦相手の動きからサラマンダー達の動きを割り出す作戦とは……考えるようになったの、ツカサくん』
「いやいや、丸っきりの偶然なんですけどね。みんなが、『せっかくだから録画しとこう』って考えてくれお陰ですよ」
そう、昨日の戦闘に参加した者達は、その大半がブレイヴ・エレメンツ達の戦闘を安全な位置から見学する事ができていた。
ブレイヴ・エレメンツの録画映像は強力なジャミングがかかり、まともに見れたものじゃなくなるのは周知の事実ではあったが、それでもと録画に挑戦した者が多数いたのである。
結果として、それは功を奏した。ブレイヴ・エレメンツの顔や動きは判別できないレベルにモザイクが掛かってはいたが、対戦相手である呂布イカと貂蝉アンコウの動きはそれなりに撮れていたのである。
彼らの動きが分かるならば、そこからブレイヴ・エレメンツの動きを割り出せばいい。それも一箇所からの定点録画ではなく、全方位からならばデータ量も多くなり、割り出しが容易くなる。
やる必要のない戦闘かに思えたが、ダークエルダーとしては思わぬ収穫であったのだ。
……なお、男性黒タイツのカメラの大多数が貂蝉アンコウを、女性黒タイツのカメラの半数が呂布イカに向いていて、黒雷の戦闘を撮っていた者は極わずかだった事は、今は語る時ではない。
『録画の処理はワシらに任せて、ツカサくん達はゆっくりしてきたまえ。英気を養うのも戦士の務めじゃからな、うん』
「ははは、そうさせてもらいます」
その後二、三言葉を交わし、ツカサは通信を切る。
このホテルはダークエルダーの傘下な事もあり、ほぼ貸切状態である事と、防音設備のしっかりした部屋を割り当てられた為、日中からこんな機密情報を話す通信も可能であったのだ。
また、ツカサはヴォルトと一緒だからか、同室の者はいない。それだけにのんびりとホテルの柔らかいベッドを思う存分楽しむ事も可能なのだが、せっかく海まで出てきておいて、それでは味気ない感じもする。
「さて、と。少し休憩したら散歩にでも出ようか、ヴォルト」
「いいわよ。……見栄を張る為に、水着姿の人間体で隣を歩いてあげましょうか?」
「はっはっはっ、やめてくれ。ヴォルトみたいなモデル体型と歩いていると視線だけで殺されそうになるから」
「やーい、いーくーじーなーしー♪」
ヴォルトはツカサを指差して笑うと、そのままヴォルト・ギアへと引っ込む。
人形とはいえ人に近しい身体を得て、何もかも新鮮な体験だからと面白がるのは構わないのだが、最近はどうもネットから大量の知識を得ているだけあり、ツカサをからかう手練手管がどんどん洗練化されているようで、ツカサとしては大変困る事態となっている。
(精霊だと分かっていても、可愛いムーヴされるとドキッとするから正直辛い……)
それが、ツカサの偽らざる本音であった。
「くそう……オタクだからって馬鹿にしやがってぇ……」
正確にはオタクだからではなく、恋愛経験に乏しいのが悪いのだが、その辺は置いておいて。
ツカサは朝からなんとなく疲れながらも、散歩すると言った以上出掛けるしかなくなり、ヴォルト・ギアを腕へと巻き付け、普段着姿のままホテルを出たのであった。
水着? 一応鞄に潜ませてはいますとも。今のところ使う予定はないけれど。
◇
「あ、つ、い……!」
ホテルのロビーを抜けた瞬間、ツカサは開口一番にそう叫んだ。
そりゃ昼前とはいえ、真夏の炎天下の中である。涼しくあれ、という方が無茶というものだ。
(くそ……黒タイツを着てる方が快適だけど、それだと働けと言われかねないからなぁ……)
一応着ている服は全てダークエルダー製で、夏場でも快適に過ごせるようにできてはいるのだが、露出している部分はどうにもならない。
夏場でも長ズボンは許容されるだろうが、流石に男が長袖を着ていては目立ってしょうがないだろう。それもあって、ツカサは顔と腕を日光に晒しながら歩く他ないのだ。
「あら、もう音を上げるの? ホテルに戻ってのんびりする?」
「ええい、煽るんじゃないよ。せめて浜辺の様子を見て、昼飯食べてから戻るんだよ……!」
昨日の一件があってか、普段よりは人通りの少ないのをいい事に、ツカサとヴォルトは会話をしながら炎天下の中を歩く。傍から見ればそれは独り言を呟いてるアブナイ奴に見えそうではあるが、最近はハンズフリーで通話をする人も多いというし、問題はないだろう。
そうこう話しながらも浜辺へと着いたふたりは、黒タイツの経営している屋台を眺めながら、適当にあれこれ注文しつつ胃袋へと収めていく。
どうせ身内しかいないだろうと、割と気を抜いていたツカサは、自分一人でなら絶対に買わないであろうリンゴ飴やパイン棒なんかを2本ずつ買って、ビニール袋へと収める。これらは後でクーラーの下で堪能するつもりであったが、その油断が後悔に繋がるとは、この時は誰も思って無かったであろう。
「あっ」
「あら?」
「……あ」
それは丁度、かき氷屋の目の前。注文した宇治金時とフローズン・MEGA・ストロベリー・サイクロン・かき氷とかいう謎の商品を受け取った直後。
普段は夕陽の公園でしか出会わない、日向 陽と、水鏡 美月が、“水着姿”でそこに居た。
そしてツカサの手には、一人ではまず食べきれないであろうふたつのかき氷。
一波乱ありそうな、そんな気がした。