引っ越し後の夕焼けと、赤・青・黒
もう挨拶周り(される側)も終わりだろうと、ツカサは何故か精神的に疲れながらも、いつもの公園へとやってきた。
まだ日が沈むには若干早い時間だが、気分転換をしたかったのだから仕方ない。
日没前とはいえ夏真っ盛り。なので暑いのは暑いが、ダークエルダー(の下位組織)が一般向けに販売している商品の中に、体温を一定に保つ効果のある服が何着かあり、それを着る事で黒タイツ程ではないにしろ快適に過ごす事ができている。
他にも首掛け冷房装置や排熱機構付きスニーカー、熱で充電するモバイルバッテリーなど、数々の製品がダークエルダーに所属していれば格安で入手できるのだ。
この一式を身に付けたツカサは正に歩く広告塔……というほど目立つ物ではないが、昨今の殺人的な暑さの中を、汗もほとんどかかずに歩けるとなれば、誰しもがそれを欲する事だろう。
(ま、デザインはお察しなんだけどね……)
性能を維持する為か、どれもデザインよりは機能性重視という側面が強い。もはやモテる努力すら放棄したツカサにとってはシンプルなデザインで申し分ないのだが、普段からチャラチャラした格好を好む者には物足りなかろう、といった商品ばかりなのだ。
今後の開発に期待、といったところである。
そんな他愛もない事を考えていたら、目的の公園へと到着していた。
普段から寂れているが、雑草の処理すらされず延びっぱなしとなっている現状を見ると、寂れたというよりは放置されている、という印象の方が強く残る。
町の不良共すら寄り付かないのか、ゴミは散乱していないのがせめてもの救いだろうか。
「博士に『草刈りル〇バ』でも作ってもらおうかなぁ」
「……それ、見た目凶悪な上に人間の足裏とかアキレス腱を狙う兵器になりそうだけれど、大丈夫?」
「……確かに」
ヴォルトに言われて気が付いたが、回転刃物を前面に出し四方八方と動き回るロボットなぞ凶器そのものである。間違いなくアウトであった。
「せめて歩道だけでも抜いておくか」
どうせ暇だし、とツカサは素手で構わずに雑草を引き抜いていく。
万能ナイフでも持っておけばよかったな、なんて考えながら、プチプチと。
小さいものは簡単に抜けるが、大きいものは根が張ってなかなか抜けない。気功を使って抜こうとするも、そもそも気功が発現しない。
「まぁ、頑張ってね」
ヴォルトは手伝う気なし。
ツカサの孤独な戦いが始まった。
◇
「……今日はこの辺で勘弁してやんよ」
それから一時間あまり。
無駄な運動で汗を掻いたツカサの周りには、小さな草の山がチラホラあるばかり。
ゴミ袋なんて用意していないため、公園のすみっこの土に穴を掘り、ソコに埋めるしかなくなったため更に労働が増えた結果である。
「埋めて、終わり! 閉廷! 解散!」
ヤケになって叫びながら草を埋め、砂場に何故か残っていた玩具のスコップを放り投げて、いつもの夕焼けを見る安全柵へともたれ掛かる。
早い時間に来たというのに、既に陽は沈み始めている。
なんか凄い無駄な努力をした気がする、なんて考えながら、ボーッとしていると。
「司さん、お疲れ様」
という声とともに、頬にヒヤリとした何かが当たる。
ビクリとしながらそちらを見ると、二人の美少女が缶ジュースを片手に、ツカサを見ていた。
日向 陽と水鏡 美月である。
「ああ、二人とも今日は来たのか。ありがとう」
冷えた缶ジュースを受け取り、一口。
よくある炭酸のグレープ味だが、労働の後には格別に美味しい気がする。
──日向 陽と、水鏡 美月。
ある一件で知り合ってから、共にこの公園で同じ夕陽を見るようになり、そのままちょっとした知り合い程度の関係を維持している2人である。
2人は女慣れしていないツカサがキョドる程の美人であるが、特に気取った様子などもなく、対等もしくは若干目上程度に接してくれるからか、ツカサも苦手と思うことなく付き合えていた。
まぁ普段からお互いに連絡しあう事もなく、ただばったりとこの公園で出会った時にだけ会話し、夕陽が沈むのを見て解散、という淡白な付き合いではあるのだが。
「見ていたなら声を掛けてくれてもよかったのに」
ツカサはもう一口ジュースを飲むと、バツが悪そうに頬を掻く。
別にやましい事はしていないが、一人でブツブツ文句を垂れながら雑草を引き抜いている姿なぞ見られたいものではない。
「いやいや、見たと言っても最後の方だけだし。オレ達がジュースを買ってる頃にはもう特等席を取られていたから、あのタイミングになっただけだよ」
彼女達の横顔からは、ツカサを馬鹿にしたような様子は感じられない。
まぁツカサに人の表情を読むようなスキルがないだけな気もするが、それはそれとして。
「この公園、私達以外に人の出入りがないみたいですから。今度町内で草むしりのボランティア活動があるので、その時にこの公園も範囲に入れてもらえるように頼んでみます」
「お願いするよ」
そんな他愛もない雑談をしばらく続けて、日が沈むのを見届けて、解散。
もはやいつものルーチンではあるが、ツカサにとっては仕事以外で女性と話すほぼ唯一の機会であり救いである(ヴォルトは精霊なので別枠)。
一歩踏み込んだ関係になれないのは、社会人と学生という差もあるだろうが、やはりツカサがヘタレだという事だろう。
「それじゃ、また」
「ああ。二人とも気を付けて帰れよ」
何気なく出会って、何気なく解散して。
進展はないが、それでも癒されるひと時に、ツカサは活力を得ているのだと思い知る。
「で、どっちを狙うの?」
「いやいや、つり合わんでしょ」
二人から十分離れた辺りで、ヴォルトが大人モードとなり隣を歩くようになった。
その表情は一見面白がっているようだが、ヴォルトの場合はそれも作れるので何とも言えない。人の色恋沙汰をつつくのは精霊でも面白いものなのだろうか。
「もしかしたらワンチャンあるかもしれないじゃない?」
「あんな美少女、絶対俺なんかに靡かないね。断言する」
ツカサだって人の子。可愛い子というか、あの二人とならそりゃ付き合いたいとも思わないでもないが。
オタクという自覚がある手前、まず無理だろうな、という結論が先に出る。
彼女いない歴イコール年齢は伊達じゃないのだ。
「ふーん……あっそ」
ヴォルトはつまらなそうに呟くと、以降は何も言わなくなる。しかし何故か大人モードのままマンションに着くまで隣を歩いてくれて、その後は押し黙ったまま自室へと戻ってしまった。
「……精霊の気まぐれってのは分からんねぇ」
ツカサにはその心理がどうにも理解できず、さっさとシャワーを浴びて、引っ越しして初めての夜を過ごすのだった。