化け物マンション化は止まらない!
ネタが湧かず、遅くなりました。
枢環との再会から一時間後。
引っ越しの片付けも粗方終わり、後はぐーたらするだけとなったツカサであったが。
『ピンポーン』
「はーい」
本日二度目のチャイムがなり、今度もツカサは直接玄関へと向かう。
無警戒にガチャりと扉を開ければ、そこには一組の男女の姿。
「こんにちは、ツカサさん」
男の方は、黒髪のツンツン頭。
「お久しぶりです」
女性の方は、ツカサも一度だけ会った事がある相手。
「おっと、誰かと思ったらトウマと東雲さんか」
玄関先に立っていたのは、デブリヘイム事変の際に知り合った『流星装甲アベル』こと、ダークエルダー所属のコードネーム:トウマと、デブリヘイム『マザー』に囚われていた少女東雲 紫であった。
確か二人は、『マザー』の討伐後は正式にダークエルダーへと所属し、デブリヘイムの残党の殲滅や悪の組織としての通常業務を手伝うという約束となっていたはずである。
「急にどうしたんだ二人揃って。何か用事でも?」
ツカサから見れば、二人とはさほど接点が無かったりする。東雲紫はついこの間まで入院生活を送っていたし、トウマもずっとデブリヘイム退治か病院かの往復しかしていなかった為、話す機会もなかったのだ。
わざわざ家を訪ねられる程の何かがあったとしか思えないだろう。
「何って、ツカサさんがこっちに引っ越してきたから、挨拶に寄っただけですよ」
トウマは好青年の如き笑顔で、ツカサへとビニール袋を手渡してくれる。チラリと中を覗けば、『七色に発行する冒涜的な蕎麦』と書かれた袋が幾つか目に入る。どうやら引っ越し祝いの品のつもりらしい。
「ん? こっちにって事はつまり?」
「ええ、俺とゆか……社員コードネーム:ミツワは、今はこのマンションに住んでいるんですよ。カシワギ博士から聞いてませんでしたか?」
「初耳もいいとこだ」
つまりこのリア充共と同じマンションに住む、という事になるらしい。
「ツカサさん、ツカサさん! 殺気、殺気! なんで俺に対してそんなに当たりが強いんですか!?」
「おっと、悪い悪い」
“気功”の修行を始めてからどうも、強い感情を抱くと気が洩れるようになってしまったようである。
未だに思ったタイミングで使えはしないので安定しない能力だ。
「まぁこれからよろしくお願いしますって事で。俺達で力になれる事があったら、なんでも言ってください!」
「ん? 今なんでもって……ああいや、その時は頼りにさせてもらうよ」
ついついインターネットの闇に汚染されたミーム言語を使いそうになったが、ギリギリ我慢した。きっとセーフである。
「しのの……今はミツワさんか。ウチに所属する以上は大変な事ばかりだろうけど、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
その後も少し会話をして、その場は解散となった。
彼らはツカサ達が隣町でヤクザとドンパチ賑やかにヤってる時に引っ越ししてきたそうで、ダークエルダーの社員特典として割安で住まわせてもらっているそうだ。
トウマもしばらくは同じ支部を拠点にするだろうし、ミツワに至ってはカシワギ博士の助手として配属になる予定だ。二人と仲良くして損は無いだろう。
「ああ……損得で人付き合いを考えたくないなぁ」
何だか悪い方向の大人になった気がして、少し憂鬱になるツカサであった。
悪の組織の戦闘員だというのに。
◇
『ピンポンピンポンピンポーン!』
「はいはいはい、次は誰でございましょうかー!」
ちょっと落ち着いたかと思ったらまたすぐにインターホン。しかも今度は連打。二度あることは三度あると言うが、三度目なんて大体ろくな事がないのが通例である。
「誰だ一体!?」
半ギレ状態で扉を開ければ、扉の前に立つ相手はビクリと肩をすくませて後ずさってしまった。
それは、年端もいかない少女。相変わらずヘッドホンを付けてはいるが、今回は耳を塞がず、肩に引っ掛けるようにしている。
「え、椎名……ちゃん?」
あまりにも予想外過ぎて、半ギレ状態だったのに一瞬惚けてしまったツカサ。それを見たのか笑いながら、一人の男が近寄ってくる。
「よぅ、ツカサ」
男……いやその漢は笑いながら、片腕を上げる。そしてそのまま椎名の頭へと手を置き、ゆったりと撫で回し始めた。
「……お前の仕業かよ、霧崎」
ツカサは呆れたように嘆息し、椎名に向けて「さっきはごめんな」と声を掛ける。
理由はどうあれ、いたいけな少女を怯えさせてしまったのは事実だ。
椎名は相変わらず無表情だが、若干目を細めているところを見るに気分を害している訳ではないのだろう。
「お前もこのマンションに来たと聞いてな。娘共々挨拶に来てやったというわけだ。嬉しかろう?」
霧崎は先日までツカサ達と敵対していたヤクザの組長であり、椎名はそのヤクザに酷い目に遭わされた被害者だ。
その一件は先日、元凶の総長をツカサと霧崎の二人で討ち取った事により解決したはずなのだが、二人が退院後も一緒に居るという事は、ツカサの預かり知らぬところで何かしらがあったのだろう。
「椎名はまだ未成年だからな。誰かが引き取らなきゃ、また施設送りになっちまうんだ。そこで俺がそっちの交渉役と相談して、ウチの組共々ダークエルダーの傘下に加わる事で保護者として認めてもらったってワケだ」
事情を知らぬと察した霧崎が、頼んでもいないのに説明してくれる。
「よく他の奴らが承諾したな」
「お前らがあの夜にぶっ飛ばした奴らを除けば、後は無理やり師匠に従わされていたヤツばかりだ。自身や家族の命を救ってもらったヤツだっている。異論のあるヤツは大体独立しちまったし、割とすんなりだったさ」
そうか、とツカサは頷き、ふと思い出したかのようにヴォルト・ギアからある物を取り出す。
それはとある人物から、目の前の少女に渡すようにと頼まれていた物だ。
「はいよ、椎名ちゃん。ウチのイオナ……裏見恋歌からプレゼント」
それは、ダークエルダーに所属するヴァーチャルアイドル、裏見恋歌の曲がいくつも収められたディスク。
それも椎名専用に作曲した曲まで含められた、世界に一枚しか存在しない超レア物である。
「ダークエルダーアイドル部は、何時でも君を歓迎するってさ」
予め伝言として言われていた通りの文言で伝え、ディスクを渡す。
それでも椎名の表情は変わらなかったが、ツカサからは少しだけ嬉しそうにしているように見えた。
「椎名のリハビリにはまだしばらく掛かるからな。まあ話せるようになるのも時間の問題だろうと医者が言ってたし、気長に付き合ってくれよ」
霧崎はそれだけ言うと、椎名を連れて上階へと戻って行った。本当に挨拶に寄っただけなのだろう。
パタンと扉を閉じて、一息。
「もう何なんだよこのマンション……」
あまりにも知り合いだらけで、あまりにも過剰な戦力が集中してしまったこのマンションの現状に、ツカサはただただ現状逃避気味に冒涜的な蕎麦を茹でる事しかできなかった。
ちなみにそれはヴォルトが大変美味しく頂いたそうである。味は、お察しください。