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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第四章 『悪の組織と夏のデキゴト』 前編
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ある晴れた夏の日にニンジャ その4

 新住居暮らしのドギマギも、数時間経てばすっかり慣れてしまい寛ぎ始めたツカサ。

 ヴォルトも自室へと籠り(お部屋探索の時に見させてもらったが、バカでかいサーバーに囲まれたオアシスに発電機が並べられているという頭のおかしくなりそうな部屋だったのでそれ以降のぞいてはいない)、ようやくお互いに完全なプライベートな時間ができたことになる。

 今までは独身寮に2人(?)暮らしだったため、ツカサなりに色々と気を使ってはいたのだ。


 それから解放されたならば、ツカサのやる事はひとつ。

 「今こそ、溜まっていたアニメを消化する時!」

 ツカサとヴォルトは気が合うようでいて、実はアニメの好みは多少ズレている。なのでお互いに、相方が未視聴のアニメは目の前で見ないという暗黙のルールが出来上がったのだ。

 ここしばらくは入院していたツカサは、その分だけヴォルトより多くの未視聴アニメを溜め込んでいる。

 今こそそれを消化するチャンスなのだ!


 『ピンポーン』


 「あ、はーい」

 不意に玄関のインターホンがなる。

 こういうタイミングで邪魔が入るのは騒動のパターンだな、なんてオタク思考全開ながら、ツカサは無防備に玄関の鍵を開けた。

 如何に万全な防犯設備だろうと、使う者が理解していなければ宝の持ち腐れであると証明したようなものである。

 「はいはい、どちら様でしょうか?」

 ドアチェーンすら掛けず、素直に扉を開ける。

 「え、あ、ど……どうも、こんにちは……」

 流石にこんなマンションに住んでいて無警戒に迎えられると想像だにしていなかったためか、訪問者の方が面を食らってどもってしまっている。


 玄関先に立っていたのは、背の高い女性であった。

 腰まである緩いウェーブの掛かった明るい紫色のロングヘアーをシュシュにてまとめ、銀縁メガネと赤い水晶のネックレスがよく似合う美人さんである。

 「ん、ごほん……失礼しました。私、今日からこちらのマンションに住む事となりましたので、ご挨拶に伺った次第でありまして」

 「あらあらそれはどうもご丁寧に」

 引っ越しの挨拶なんて、した事もされた事もないツカサ。今どきの社会では、そんな風習も廃れたものだとばかり思っていたのだが。

 特に今は、ストーカーだのなんだのと、そういう犯罪が多い世の中である。同じマンションの住人になるとはいえ、特に女性は挨拶回りなんてしない方が良いとさえ思ってしまうツカサであった。


 「コチラつまらないものですが、地元で打った蕎麦です。お口に合うかどうか……」

 「あらヤダこんな、お返しもできないのに頂いちゃって……ありがとうございますぅ」

 ちなみにツカサの口調がさっきからおかしいのは、美人の前であがっているのと、対応できる言葉がうまく出てこない為に昔ながらのおばちゃん風にしか喋る事ができなくなってしまっているためである。

 相変わらずの対人技能のなさっぷり。

 モテない男のサガである。

 「あ、すいません申し遅れました。私も本日こちらに引っ越してきた、大杉 司(おおすぎ つかさ)と言います。よろしくお願いします」

 ようやく挨拶なのに名乗っていない事を思い出したのか、偽名の方で名乗るツカサ。もうここまで来ると本名を名乗る方が珍しいという有様である。


 「あ、私も名乗りすらしませんで、申し訳ございません」

 美人さんもようやく思い出したかのように、慌ててメガネの位置を直し、

 「枢 環(くるる たまき)と申します。どうかよろしくお願いします」

 と、宣った。

 その瞬間、ツカサの脳内であらゆる思考が巡る。

 巡って、巡って、堂々巡って。

 色んな差異を「まぁニンジャだしな」で片付けながら、辿り着いた答えはひとつ。

 「九九流忍法って、身長も変幻自在なんですね?」

 なんて、一番不正解そうな答えであった。

 「────」

 その瞬間に、枢環がクナイを握り最短距離で振るうのと、ツカサがヴォルト・ギアより出した黒タイツを着装するのがほぼ同時。


 首筋にピタリと当てられた鋭利な刃物であろうと、この黒タイツを着ていればなにひとつ怖くはない。

 そしてこの格好こそが、ツカサの身を保証してくれる証でもあるのだ。

 「……その全身黒タイツ、ダークエルダーの者だな」

 「いかにも。……少しだけ中で話をしないか。我々には争う理由もないはずだろう?」

 ツカサがそう問えば、枢環も素直にクナイを下げ、促されるまま室内へと入る。

 お互いに色々と抱えたものを擦り合わせる大事なタイミングであり、白狐と赤狐の再会の瞬間でもあった。



 ◇



 「……なるほど。まずは昼間に襲ったのをお詫びしたい。申し訳なかった」

 「いやいやこちらこそ、あの時の発言を謝らせてください。すいませんでした」

 数十分後、お互いに話せる事情は話し、謝罪の為にと素直に頭を下げられる二人の姿があった。

 ツカサの側からは、ハクとして戦闘した理由や(中身はどうあれ、変身後の姿は紛れもなくヒーローである)、ダークヒーロープロジェクトについてなど。

 ダークエルダーに関してのあれこれは当然の如く知っている前提で話した。特に不自然に思った様子もなさそうだったので、それなりに情報収集をしていたのだろう。

 そして枢環からは、組織についての詳しい話がなされた。


 曰く、九九流忍者集団『陰逸』とは、古くから続く忍法流派の組織であり、日本の政治を影から支配する事を目的として活動していたそうだ。

 しかし当時の『正義のシノビ』により組織は壊滅し、生き残りも各地に散ってしまった。

 それからしばらく後に、その生き残り達に対してとある矢文が届いたのだそうな。

 「『我らは流派の再興を望み、首領の望みを知る者也。者共、今は雌伏せよ。次代を育て、望みを託せ。永き時の流れの果てに、首領の封印が解かれ、その望みは叶う』、と。その矢文は今も現存している」

 なんとも気の長い話である。

 「そしてつい先日、新たな矢文が届いたのだ。『九九流忍者の諸君、遂に望んだ時は来た。各地にて存在を示し、同士と共に秩父山中を目指せ』とな」

 「また秩父山中かよ……。秩父山中大好きだなホント」

 枢環は不思議そうに首を傾げたが、ツカサは何でもないと言って先を促す。


 「まぁそれで各地の生き残りが蜂起したんだがな。組織としての体制が整わない状態だったので……」

 「もしかして、大半がヒーローに鎮圧されて、合流できなくなった?」

 枢環はコクンと頷き、気恥しそうに頬を掻く。

 そりゃあ各地で散発的に名乗りを上げた所で、そこら中に散らばるヒーロー達に狩られるのがオチだろう。何故そんな事すら思いつかなかったのか。

 「誰も彼も自信家でな。流派としての基準も、『式神ゲニニンを20匹出せれば立派な上忍である』とされていて……」

 「腕比べのつもりで挑んだ者から敗走した、と」

 同じようにして敗走した枢環は、既にツカサの顔を見れず、恥ずかしそうに震えている。正直可愛い。

 というかゲニニンって式神だったのか、なんて容赦なくぶった切ったツカサはひっそりと安堵する。

 独特な喋り方をする連中だったが、中の人は無事なのだろうかとずっと心配してはいたのだ。


 「んん……まぁそうやって、ほぼ壊滅の憂いにあったが。我らとて悪の忍者集団、その名に恥じぬように活動するつもりで、とりあえずここに引っ越してきたというわけだ」

 そう言って、枢環は話を締めたのだった。

 「ダークエルダーとしても、そちらの邪魔をするつもりはない。お互いの活動で不利益を被らない限りは非干渉でいるように、というのがダークエルダーの方針でもあるしな」

 「恩に着る。……だが、なにぶん田舎からの出で、恥ずかしながらこの辺りの地理等には疎く……」

 「ん……ああ、同じマンションの住人としてなら、快く協力するよ」

 「重ね重ね申し訳ない」


 そんなこんなで、昨日の敵は今日の友、ならぬ今日の敵が今日のご近所となった。

 悪の組織は持ちつ持たれつ、今後も末永く御付き合いできればと思いながら、ツカサは頂いた蕎麦を啜るのだった。

 ちなみにめちゃくちゃ美味かったそうな。

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