姫の気持ち
ミズチを追って来てみれば、広間は嵐に見舞われたような有様だった。
崩落する天井からとっさにミズチたちを庇ったものの、気付きもせず破壊の限りを尽くす二頭に姫はドン引きする。
……弟でさえ目に入らないくらいケンカに夢中って……あり得ないわ。
姫の鱗は最高レベルの防御力を誇るが、龍同士の争いに首を突っこむのは勇気がいる。
どうしたものか迷っていたら、瓦礫の中、転がった屑籠から散乱する見慣れた便箋に気付いてしまった……。
割り切ったつもりでいたのに、心が痛い。
最後のよりどころだった文通の思い出さえ否定されて、頭が真っ白になった姫は衝動的に二頭の間に割りこみ、結果、地龍に求婚されたのである。
…………平凡なりに頑張ったつもりでも顔合わせに失敗してしまい、地龍が振り向くことはなかった。
何とか気を引こうとしたが、失望されたまま挽回できずにフラれて。
悔しかったけど、国のために苦い気持ちを飲みこんだのに、地龍は鱗を一目見ただけで、あっさり手のひらを返した。
────わたしの努力はなんだったの? 無関心だったくせに……今さらじゃない!!
反射的に地龍をひっぱたいた姫だったが、怒りは長続きせず、行き場のない悲しさに途方に暮れることになる。
ナミ姫は、究極の“鱗美人”だ。
理想的なバランスで配置された六角形の鱗は、海蛇の母や海亀の祖母、防御力に優れていた代々の龍神の伴侶のいいとこ取り、集大成と言って過言ではない。
蛇、魚、トカゲ、龍も例外ではなく、鱗のある種族に姫は非常にモテたが、ちっとも嬉しくなかった。
幼少の頃から褒めたたえられるのは鱗だけ、誰も姫自身を見なかったから。
「…………地龍様の手紙には、他の人の手紙と違って、鱗のことが一切書かれていなかったわ。だから、この人なら噂に惑わされず、わたしのことを見てくれるかも、と思ったのに。単純に鱗のことを知らないだけだった……」
“麗しのうろこの君へ”
“こんなに美しい鱗を見たことがない”
“貴女の鱗がほしい”
鱗のことしか書かれていない結婚の申し込みに、姫は辟易していた。
そんな時に地龍の手紙が届いて、希望を持ったのだが……。
姫が人間の姿に戻る。
乱れた着物の裾からは、隠していた蛇の尻尾がのぞいていた。
地龍と雷龍はつられて人化しながらも、決して鱗から目を離さない。
その視線が、余計に姫を追いつめる。
「わたしはね、鱗以外にも興味を持ってほしかった。鱗の付属物あつかいじゃなくて、わたしの内面も見て欲しかっただけよ。
……でも、今回の縁談で思い知らされたわ。鱗がなかったら、わたしなんて誰にも見向きもされないのね!」
「そ、そんなことねぇよ! なあ、地龍?」
「そうだ、姫。黒い髪もアクアマリンのような瞳も魅力的だと思っていたんだ。何より、姫との文通はとても楽しく有意義だった」
……嘘つき。今だって、鱗しか見てないくせに。
男たちの弁解を、姫は切って捨てる。
「取ってつけたみたいに褒められても、信用できるわけないでしょ!? 初めての顔合わせの時、地龍様はあからさまに“期待はずれ”だって顔をしたじゃない!!
何とか歩み寄ろうとしたのに、ずっと上の空だった。興味を持ってくれない相手に、ひたすら話しかけるのはとても虚しかったわ……。
二回目は当てつけみたいに美人ばっかり呼んで、わたしが何を言っても嗤われるだけ、地龍様は庇いもしなかったわね!!
よーーーーくわかったわ。わたしは鱗以外価値がないって!!
今日だってこっちから断ってやろうと思ってたのに、開口一番が求婚の撤回ですもの。たった一日、それすら付き合う時間も惜しかったの?
……わたしのプライドは、もうズタボロなの。あなたなんて、こっちから願い下げよっ!!!!」
溜まりに溜まったものが爆発したのだろう、怒りの剣幕でまくし立てる姫。
淑女たらんとしてきたが、もともと気が強いのだ。
龍相手でも物怖じしない姫の度胸に、尻尾攻撃の余韻に陶酔しながら、地龍はなおも言い募る。
「信じてくれ、姫。気付くのが遅れただけで、貴女は鱗以外も魅力に満ちあふれている。どうかもう一度私にチャンスをくれないか?」
何も知らない女なら絆されそうな、真摯な表情の地龍。
勇ましい青年姿の雷龍も負けてはいなかった。
ここぞとばかりに姫を口説く。
「オレもだ! お披露目の場で、たまたま見かけた姫の蛇姿に一目惚れしたが、惹かれたのは鱗だけじゃないんだ……地龍じゃなくて、オレを選んでくれ!」
「…………」
姫は無言で袂に手を入れると、そのまま取り出したものをできるだけ広い範囲にばらまいた。
輝き方から、投擲されたものが鱗だと察した地龍は、姫を放置して雷龍と先を争って奪い合う。
「この野郎! 取りすぎだぞっ、オレの分が無くなっちまうだろが!!」
「早いもの勝ちに決まっている! くっ、すき間に入ったのが、取れない!」
先ほどよりは平和的だが、欲望に忠実な分、輪をかけて醜い争いが勃発する。
あまりの醜態に場は完全に凍り付き、あきれ果てたのか止める者は誰もいなかった…………。
チャンス終了。