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傾国の美の正体

「兄上っ! もう、やめてーーーーっ……!!」




 戦闘態勢に入った地龍は、いつもの冷静さを欠いていた。

 ミズチの切羽詰まった悲鳴も届かず、本能のおもむくまま争いに身を投じる。

 雷龍も同じ状態のようで、怒りの原因も忘れて高らかに笑っていた。


 傷だらけになっても、地龍も雷龍も痛みなどすでに感じていない。


 戦いに酔いしれた地龍は、互いしか見えていない状態で、能力だけでなく尻尾と尻尾をぶつけ合い、爪を、牙を、容赦なく相手の体に突き立てる。

 部屋の惨状など目に入らず、いつの間にか頭上には青空が広がっていたが気付きもしなかった。


「今度の雷はいくらお前でもただじゃあすまねぇぞっ!!」

「はっ! それはこちらの台詞よ。岩の雨を喰らうがいいっ」




「────そこまでにしなさいっっっ!!」




 それぞれの、最大にして最高の攻撃を放つ寸前のことだ。

 光り輝く何かが二頭の間に割りこみ、一喝する。

 冷水でも浴びたかのように戦闘の高揚感が冷めていき、地龍の狭まっていた世界は、あまりのまばゆさに打ち砕かれた。


────ああ、なんと美しい。


 放心する地龍の前に踊り出たのは、一匹の神々しい大蛇だった。

 陽光に照らされた、しなやかでなまめめかしい体に部屋中の視線が集中する。


 オリーブ色に輝く、まるで生きた宝石のような……こんなにも美しい生き物、綺麗なうろこ(・・・)が存在するなんて!!


 地龍は龍族のうろここそが至上だと思っていたが、その考えがくつがえされてしまった。

 大蛇の白い皮膚が透けて見えるほど、薄く繊細な鱗だ。

 ひそかに自惚れていた黄金の鱗でさえ、目の前の鱗に比べたらゴツゴツした荒岩同然、構造からして違うのだろう。


「無益な争いで宮殿を壊すとは何ごとですかっ! 周囲を、弟を巻きこんで……恥を知りなさい!!」


 ぴしゃりと大蛇が尻尾を振るう。


 気が緩んでいたとはいえ、雷龍が起こした雷流を霧散させ、鋭く尖った岩石を払いのけても、鱗は毛ほども傷ついていない。

 大蛇の防御力の高さに、美しいだけのお飾りではないのだと地龍は感動した。


 鱗とは一つ一つが優れた盾であり、集まることでより強固な鎧となる。 

 これほど優美で堅牢けんろう、機能的な鱗を地龍は見たことがなかった。


 硬質な鱗は、無駄のない美麗な曲線を描く蛇のフォルムをこれ以上なく引き立てている。

 小ぶりな顔から、泳ぎやすいように平たく丸みを帯びた尻尾の先端まで、余すところなく鱗におおわれた体は地龍を魅了してやまなかった。


────ああ、触れてみたい、なで回したい、抱きしめたい……なんという蠱惑的こわくてきな肢体なのか!


 まさに、傾国の美。

 そう考えて、もしやと地龍は思い至る。


「…………貴女はナミ姫なのかっ!!??」

「はっ? お前、もしかして『麗しのうろこの君』を知らずに求婚したのか? 真珠に珊瑚、姫の鱗は海底の三大宝石って言われてるんだぞ」


 あきれた声を上げたのは雷龍だ。

 姫の鱗の美しさは有名だったから、地龍も当然知っていると思いこんでいたのだ。

 

 そういうことだったのかと、地龍は納得する。

 この蛇姿うろこを知ってしまったら、かつての雷龍の絶賛にも納得がいく。

 目から鱗が落ちる思いだ。


 地龍は手の代わりに、大蛇……姫の尻尾をうやうやしく握りしめる。

 想像よりもずっと滑らかで、ひんやりした感触にうっとりしながら、地龍はひざまずいた。


「先ほどの発言は、全て撤回する!! 姫、どうか私と結婚してくれないか!!」


 この美しさを知っていたら破談になんてしなかったのに、と悔やんでも悔やみきれない地龍。


────大丈夫、やり直せるはずだ。姫に通り名ではなく真名を捧げ、今度こそちゃんと婚約しよう。

 

 とっくに見切りをつけられているとも知らず、姫は許してくれる、求婚を受け入れてくれると地龍は高をくくっていた。





「…………………………ふざけないで!!」


 何を言われたのか理解できず、一拍ほど固まっていた姫だったが……理解した瞬間、つぶらな瞳を吊り上げて怒りを露わにする。


 激情に突き動かされるまま、姫は尻尾の先端で地龍をひっぱたいた!!



 姫からしたら平手打ち感覚なのだろうが、蛇のしなやかさと鱗の硬さが合わさった渾身の一撃は、予想以上の威力を発揮した。

 尻尾は正確に地龍の顔面をとらえ、スパァンと軽快な音を立てる。

 

「ぐふぅっ!?」


 鮮烈な衝撃が脳天を突き抜けて、地龍はのけ反った。

 しびれるような心地よい痛みと、戦闘の高揚感とは種類からして違う、甘い胸のときめきに戸惑う。


 …………こんな気持ちは、初めてだ。


 この一撃がダメ押しとなって、地龍は完全に心を奪われたのだが──怒りを通り越し、悲しげにうつむいた姫には知るよしもなかった。




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