空気を読まない友
────容姿こそ不満だったが姫との文通は楽しかった。
そのせいでわずかに思いを引きずってしまい、地龍から関係を終わらせたのに気分がスッキリしない。
一人きりの広間で地龍はため息を吐きながら、断ち切るように姫からの手紙の束を屑籠に捨てる。
姫の話は目新しく面白く、品の良い薄緑色の便箋が届く度に心が弾んだ。
文面から、見たこともない海底の世界が鮮明に浮かび上がるようで、日に日に姫と海へ心が惹かれていく。
狭い世界しか知らない地龍にとって、こんなに何かを求める気持ちは初めてだった。
……姫と会うのを本当に楽しみにしていたから、騙されたという思いが強く出たのかもしれない。
兄上は女心を分かっていません! という弟の助言に従い、たくさん贈り物もしたのに無駄になってしまったなと、地龍は自嘲する。
絶世の美女という噂はともかく、親友の過大評価さえ聞いていなければ、こんなにガッカリすることもなかっただろう。
結婚相手としてはあり得ないが、もしかしたら良き友にはなれたかもと、未練がましく考える。
物思いにふける地龍の元に、側仕えが件の友人の来訪を告げた。
────文句の一つでも言わせてもらおうか。
地龍は八つ当たりだと分かっていて、友人を広間に招いた。
「なぁなぁ、なんで宴の準備してあんのに誰もいねぇの?」
のん気なことを言いながら、一頭の龍が柱と柱の間から顔を出す。
鋭い角に、輝く銀色の鱗が自慢の雷龍は、隣接した国の第二公子だ。
国の規模は違えど、地龍と対等に接することができる数少ない相手で、暇さえあれば地龍の国に遊びに来ていた。
地龍はごろごろとだらしなく横たわる友を咎める。
「……人の家でくつろぎ過ぎだ」
「えー、今さらだろ。お前んとこの宮殿はどこも馬鹿みたいに広いから、龍の姿でものびのび出来るんだよ。うち狭いし。
……ってそんなことより、お前一人か? 今日は姫との三度目の顔合わせの日だろ? めっちゃ重要な日じゃん」
……今は何を言われても腹立たしいのに、よりによって姫の話題か。
理不尽な怒りが頭をもたげかけるが、こいつはそういう奴だからな、と地龍はぐっと堪えた。
「重要もなにも、もう終わった話だ」
「は? どういうことだよ。今日で縁談がまとまると思って祝いに来てやったのに。姫になんか不満でもあんのか?」
この軽はずみな発言が、地龍の逆鱗に触れる。
「不満に決まっているだろうが。何が生きた宝石、何が傾国だっ!! ちっとも美しくない期待はずれな姫だったから、こっちから断ってやったところだ!!」
声を荒げる地龍に雷龍は呆気に取られたかと思えば、眦を吊り上げた。
「そんな軽い気持ちで求婚しやがったのかよ!!」
雷龍の怒りが爆発した瞬間、電気をともなった痛烈な尻尾の一撃が地龍を襲う。
部屋の端まで吹き飛び、背中から壁に叩きつけられる地龍。
余波だけで柱や内装がなぎ倒されるほどの攻撃を受け、カッとなって自らも本性を解き放つと、黄金の龍へと姿を変えた。
地龍の怒りに呼応して、地面が揺れる。
「いきなり何をする!?」
「何をする、じゃねぇよ! オレだって求婚したのに、フラれてんだぞ。でも、姫が選んだのがお前だから、笑顔で祝福しようって思ってたんだ! オレの初恋だったのに……軽い気持ちのお前に負けたのが腹立つー!!」
雷龍が雷を放てば、地龍は地割れを起こし、岩礫で迎え撃った。
苛烈な力がぶつかり合う度に柱は倒れ、遥か高い天井が軋んだ音をたてる。
互角のようだが属性の相性もあり、雷龍の分が悪い。
力の差を埋めようと躍起になって攻撃するものだから、周囲の被害は甚大だ。
「地龍様! 雷龍様! どうかお鎮まりください!」
「だめだ……聞く耳を持たれていない。こんなに激しい争いは初めてじゃないか。誰か、ミズチ様をお呼びしろ!!」
側仕えたちが集まって、諍いを止めようと声を張り上げるが、二頭は意に介さず衝突を続ける。
「だいたい、大国の皇帝である私を選んで小国の公子に過ぎないお前を袖にする時点で、姫の性根もたかが知れているだろうが! 恋に盲目にならず、正気に戻って現実を見ろ!」
「目が曇ってるのはお前だろうが。その寝ぼけた頭ぶっ飛ばしてやるよ!!」
どこまでも平行線な二頭に、居合わせた者たちは頭を抱えた。
龍の怒りは天災同然。それが全力でぶつかるのだから、たまったものではない。
「ミズチ様をお連れしましたっ」
「兄上っ、おやめください。これ以上、暴れないで……!!」
可愛がっている弟のミズチが駆けつけても、頭に血が上った地龍は気付かず、懇願すら耳に入らなかった。
一度激情に支配されたら、一気に視野が狭くなり破壊の限りを尽くす。
龍族の本気の争いを止められた者はいない。