期待はずれな姫
“海底の王国、竜宮のナミ姫は絶世の美女だ”
海底に暮らす姫はほとんど地上に現れることがなく、数少ない目撃談から爆発的に広まった噂である。
『ナミ姫、スゲェ綺麗だった! 遠目でもキラキラ輝いて、生きた宝石みたいな姿でさ、触れるのをためらっちまうのに、抱きしめたら気持ち良さそうな魅惑の肢体なんだよ。……あれを傾国って言うのかねぇ。たまらない良い女だったぜ』
地龍は噂話には踊らされないが、実際に姫に会った親友の言葉なら信じる価値があると思っていた。
だから求婚したのに、指定の場所に訪れたナミ姫は甘く見積もってもせいぜい中の上、絶世の美女というには期待はずれな容貌の少女だった……。
騙された! と地龍は内心怒りに震える。
煌びやかな珊瑚や真珠で飾りたてているが、凡庸な容姿の姫だ。
波模様の美しい着物と羽衣を纏っていても、一目でわかるメリハリのないストンとした体型に、化粧で誤魔化しきれないどんぐり眼の童顔。
姫の全てが地龍の好みからかけ離れていて、この程度でどこが傾国なのかと首をかしげるばかり。
妖艶な美女を想像していただけに落差は大きく、初めて会った瞬間は思わず失望が表情に出てしまった。
姫は淑やかで臣下や侍女の受けもよく、結婚相手として悪くはないが、地龍が求めているのは情熱的な恋の相手なのだ。
顔を合わせる前、龍の婚姻の儀に則って文通していた時のときめきはすでにない。
あれほど楽しみにしていた顔合わせなのに、姫が積極的に話しかけても、地龍は落胆から上の空で対応してしまう。
「この離宮は白亜の柱に花や緑が一杯飾られていて、とても美しいですね。お手紙では温室があるということでしたが、あとで案内していただけませんか?」
「はぁ」
「今度は、地龍様が竜宮にいらっしゃって下さい。我が国自慢の珊瑚の入り江も美しいのですよ」
「はぁ」
「……このお茶菓子、美味しそうですね。地龍様は甘いものはお好きですか?」
「はぁ」
最初の交流は万事こんな調子で、お互い気まずいままの解散となってしまった……。
二回目の交流の時、すでに姫と二人で話すのが苦痛になっていた地龍は、自慢の庭園にたくさんの客人を招いて園遊会を開いた。
姫は一緒に行動したがったが、国中から招待した本物の美姫たちにはばまれ、地龍に突き放され、仕方なくこの国の末の公子──地龍の歳の離れた弟──と会話していたようだった。
二人はすっかり打ち解けて楽しそうだったが、地龍は悪い方にとらえる。
ライバルをやりこめる事も出来ないのに、身内から懐柔しようとするのか、と。
前評判とあまりに違う姫に、良いところは見え辛く、悪いところは強調されて見える……要は目が曇った状態になっていたのだ。
地龍が姫と会ったのはわずか二回。
だが、破談を決意させるのには充分な時間だった。
三回目の交流で、地龍は挨拶もそこそこに最後通告を突きつける。
「ナミ姫。私は貴女と結婚する気が起きない。悪いがこの話は無かったことにしてくれ」
いきなりの宣言に固まった姫だが、海底とはいえ大国の王族らしく、動揺を露わにするようなみっともない真似はせず、それとなく口元を扇子で隠す。
執着されても困るし、泣いて縋りつかれても決断は変わらないが、もっと可愛げを見せればいいのにと身勝手なことを思いながら、地龍は話を進めた。
「まだ婚約にも至ってないのだから、そちらの経歴は綺麗なままだ。ただ、こちらから求婚したのに撤回するのだから、相応の賠償には応じよう」
文通を一年、それから最低三度は交流を重ねてようやく婚約に持ちこむという、面倒な龍の習わしに地龍は初めて感謝した。
婚約破棄となったら国交にも影響が出て、煩わしいことこの上ないからだ。
今なら傷は浅くてすむ。
「いいえ、結構です。短い付き合いでしたが、貴方の世界にわたしはいない……入る余地もないと分かっていましたわ。撤回は謹んでお受けしましょう」
姫は青い顔で、悲しみを堪えるように扇子を持つ手に力をこめた。
客観的に見た姫の所作は綺麗だ。
傷付いているだろうに恨むでもなく穏やかに笑っていて、それなりに良いところはあるのだとは思う。
ただ、重たげな黒髪も、海底暮らしのせいか白すぎる肌も控え目な性格も、地龍の好みではないだけで。
この国では地龍のような金の巻き毛が美形の条件で、個人的な嗜好としても、はっきり物を言う気の強い女人の方が好ましい。
結局、姫を少しも美しいと思えないまま、地龍が恋に落ちることはなく、二人の関係は終わりを迎えた。