第一章 呪いのツム子さん〈6〉
9
翌5月4日。
ぼくはつむぎの告別式(本葬)に参列しなかった。
その日は野球部の練習試合で、朝からとなり町の中学まで(応援要員、あわよくば控えの選手として)遠征していたからだ。
とんだ冷血漢だと罵られても困る。ぼくの意思で野球部の練習試合を優先したわけではない。
つむぎのご両親から本葬は近親者だけで済ませるので、ぼくはこなくてよいと伝えられたからだ(ちなみに、ぼくの両親は参列した)。
ぼくだけが蚊帳の外であることに一抹の寂しさをおぼえたことは云うまでもない。
それでも、練習試合へとおもむく集合場所のJR麻蒜間駅で、野球部のみんなの顔を見たとたん、ぼくの心にまとわりつく陰鬱なもやが少しだけ晴れた気がした。みんなの存在がふしぎと心強かった。
野球部のみんなも昨日ぼくの幼なじみが亡くなったことは、だれかからのメールやSNSなどを介して知っていたらしい。
顧問の先生や先輩後輩の多くはつむぎと面識がない。同級生部員たちも小学校卒業以来つむぎとは会っていない。
彼らにとって、つむぎの訃報は海の向こうの遠い国で起きた小さなニュースと大差なかった。
はじめのうちは、みんなそこはかとなくぼくを気づかっていたが、いつもと変わらぬぼくのようすに安堵したようだった。
ぼくも自分がいつも通りでいられたことに内心ホッとしていた。
10
野球日和の快晴の下、となり町の中学で40分の準備運動をおえると、練習試合がはじまった。
残念ながら、その日もぼくは出場機会をあたえられず、応援ベンチをあたためるに終始したが、試合は3回表の攻撃からぼくらのチームが2点先取した。
4回裏で1点かえされたものの、5回表でさらに1点をもぎとって、チームはイケイケモードへ突入した。
ふと見上げると、白く明るい雲が青い空をのほほんとただよっていた。1羽のヒヨドリが大空の微細な紙魚となって、なにが楽しいのかチーチュクと気も狂わんばかりに鳴きわめいていた。
青ジャケットの怪盗の3代目なら「平和だねえ」とつぶやきそうな光景である。
ほっこりとした気分で打席に立つバッターへ声援を送っていると、となりに座っていた後輩が、ぼくの顔を心配そうにうかがっていた。
「……センパイ、大丈夫っすか?」
「え、なにが?」
そうこたえて気がついた。ぼくの頬をつたう涙のあたたかさに。
ぼくは自分でも知らないうちに泣いていた。
「あれ、なんだろ? おかしいな?」
気もちはいたって平静なのに、恥ずかしいくらい涙があふれていた。
(……ああ、やっぱりぼくはつむぎの死が哀しかったんだ)
生まれてはじめてのふしぎな感覚に戸惑いながら、ぼくはとめどなくあふれでる涙をおさえることができなかった。
11
〈1人目〉とされる犠牲者がでたのは、つむぎが亡くなって12日後のことだった。
深夜、美雲パークタウン在住の高校3年生の少女が、自分の住んでいるマンションから飛び降り自殺した。
自殺の原因は不明である。
マンション屋上へいたる鉄格子の扉は施錠されているはずなのだが、カギは開いていた。防犯カメラの映像からも屋上へのぼったのは彼女しかいないことが確認された。
いじめ、進学、恋愛、家庭などの問題をかかえているようすもなかったと云うので、自殺の動機は謎のままだが、自ら死を選ぶ人の気もちなどかんたんにわかるはずもない。
近親者や関係者の心に小さなとげをのこしたまま、その事件は日常に埋没しかけていた。
しかし〈1人目〉とされる犠牲者がでてから11日後。ふたたび美雲パークタウンで飛び降り自殺が起きた。
〈2人目〉は中学3年生の少女だった。ぼくらより1学年上で同じ公立中学の生徒だった。ぼくやつむぎと面識はない。
やはり、自殺の原因は不明である。
中学では、ゴールデンウィークあけの全校集会でつむぎの死が告げられたが、それから1ヶ月を待たずして同じ学内から死者がでたことで、学内は少なからず動揺した。
〈呪いのツム子さん〉と云うアヤシげな魔女の名前がささやかれはじめたのもこの頃である。
最初に〈呪いのツム子さん〉なる流言卑語が伝播したのは市立美雲小学校だそうだ。
おそらくは公立中学に姉兄のいる小学生のだれかが、姉兄から不謹慎な戯れ言をふきこまれたのだろう。
伝言ゲームのようにかたよった情報と稚拙な想像力が、およそ2年間、学校へ通うことなく亡くなった織機つむぎのイメージを 〈呪いのツム子さん〉へと転化させたらしい(ついでに云うと、生前のつむぎが〈ツム子さん〉なんてよばれたことはない)。
そして〈2人目〉とされる犠牲者がでてから10日後。3たび美雲パークタウンで飛び降り自殺が起きた。
〈3人目〉は私立高校へ通う1年生の少女だった。もちろん原因は不明。
3人の女生徒にほぼ面識はなく、美雲パークタウン在住と云う以外の共通項もでなかった。
軽犯罪の模倣犯ならいざ知らず、同じマンションでたてつづけに3件も少女の飛び降り自殺があるなんてふつうではなかった。