終章〈2〉
「つむぎからふたりへ伝言を頼まれました。きいてください。……お父さんお母さん、みじかいあいだだったけど、つむぎのこと育ててくれてありがとう。なんの恩がえしもできなかったけど、いっぱいいっぱい愛情をもらってつむぎは幸せでした。ふたりの子どもに産まれて幸せでした」
「……トシくん」
半信半疑ではあろうが、ぼくがふざけてこんなことを云う人間でないことはつむぎのお母さんも知っているはずだ。
「おじさんへ。……いっつもひとりで家族のためにお仕事がんばってくれてありがとう。つむぎはお父さんに会えなくて寂しかったけど、きっとお父さんもつむぎたちに会えなくて寂しかったんだよね?」
「寿幸くん……」
「でも、これからはできるだけお母さんのそばにいてあげてください。お母さんと一緒につむぎの分まで末永く幸せに暮らしてください。つむぎはいつだってふたりのそばにいるから、ふたりで一緒にたくさんたくさん楽しいことをしてください」
つむぎのお父さんもしんじられないと云う表情でぼくが語るつむぎの伝言に耳をかたむけていた。
「おばさんへ。……つむぎの机の右から2番目のひきだしに、母の日に贈ろうと思っていたプレゼントが入っています。まだラッピングしてなかったんでそれっぽくないけど、つむぎからお母さんへのさいごのプレゼントです。気に入ってもらえると嬉しいです」
ぼくは耳のおくできこえるつむぎの伝言をさいごまで語りおえた。
「家へ帰ったらさがしてあげてください。つむぎがそこへなにをしまっているのかまではききませんでしたけど、ちゃんとなにかあるはずです」
つむぎの机のひきだしにつむぎのお母さんへのプレゼントが入っていれば、ふたりはつむぎの伝言をしんじてくれるはずだ。
つむぎの両親はキツネにつままれた想いで、ぼくの病院をあとにした。空港でつむぎのお父さんをシンガポールへ送りだしたつむぎのお母さんは、帰宅するとまっすぐつむぎの部屋の机へむかった。
つむぎの机の右から2番目のひきだしのおくにうすくちいさな白い箱があった。つむぎのお母さんがその箱をあけると、中には白いレースのハンカチが入っていた。刺繍用品にまぎれこませてつむぎがネット注文したものだ。
レースのハンカチをひろげると、ピンク色の糸を用いたアルファベットの筆記体で「Sachie♡」と刺繍されていた。つむぎのお母さんの名前だ。
つむぎのお母さんはハンカチをにぎりしめたまま、その場にへたりこんで泣いた。
「……お父さん。トシくんの云ってたことは本当だったわ。……ありがとう、つむぎ」
3
退院から数日をへて久しぶりに中学校へ登校したぼくを待っていたのは〈神隠しにあった少年〉と云うレッテルだった。あるいは〈幼なじみの死によってちょっと心を病んだ少年〉である。
ぼくが行方不明となった6月22日は〈呪いのツム子さん〉による〈5人目〉の犠牲者がでるとうわさされた日である。
そしてまた、ぼくが〈呪いのツム子さん〉のオリジナル(?)と、もっとも親しい関係にあったことは中学校の生徒であればだれでも知っている。
美雲パークタウンの子どもたちのあいだでは、ぼくが〈5人目〉の犠牲者となって死んだと思われていたらしい。遺体発見は時間の問題だろう、と。
しかし、ぼくはひょっこり帰ってきた。ただし、記憶喪失と云うオマケつきで(本当はうしなってないけど)。
その上、針八幡宮でさいしょにぼくを発見した宮司さんの「幽霊のようにス~ッとあらわれた」と云う証言もどこからかもれきこえたようで、ぼくは自分の記憶とひきかえに〈ツム子さん〉の呪いを解いてきたことになっている。
インターネット上でも「〈ツム子さん〉の呪いを解いてきた少年は片目と記憶をうしなっていた」などと、なんだか傷だらけでカッコよさげなヒーローになっていたりした。
〈ツム子さん〉の呪いを解く〈片目の少年〉をよぶためには、うしなった片目をおぎなうための野球のボールを供物にするとあらわれるそうだ。……まったくだれが云いだしたんだか?
そんなこんなで、ぼくもつむぎと一緒に都市伝説の仲間入りを果たしたようだ。
いまでも〈呪いのツム子さん〉は学校の怪談として全国に定着しているが、そのキャラは完全にひとり歩きし、地域ごとにさまざまなバリエーションを呈している。
「人を呪わば穴ふたつ」的に、呪った本人が先に殺されるなんてバージョンもあるらしい。
とにもかくにも、ぼくは〈神隠しにあった少年〉あるいは〈幼なじみの死によってちょっと心を病んだ少年〉として、周囲から腫れものに触れるがごときあつかいをうけることとなった。
みんなのそよそよしい感じはすこし寂しかったけど、行方不明時の記憶喪失と云う設定上、いろいろよけいなことをきかれずに済むのはありがたかった。
「どこいってたんだよ、森崎? ホント心配したんだからな」
と、周囲の空気も読まずにそう云ってくれた伊東の言葉には、ちょっと泣きそうになったけれども。




