終章〈1〉
1
気がつくと、視界には多孔質の石膏ボードでおおわれた天井と蛍光灯があった。ぐるりを遮蔽する黄色いカーテンのかたわらに看護婦さんが立っていた。
「ここは……病院?」
点滴をかけかえていた看護婦さんが目をあけたぼくに気づくと、やさしくちいさな声でたずねてきた。
「きみ、具合はどう? 自分のお名前わかる?」
「……森崎寿幸です」
声がすこしこもったのは、口元に呼吸器のマスクがつけられていたからだ。身体がだるくて全身に力が入らない。かなり霊魄をうしなっているようだ。
「……モリサキ・トシユキくん。ちょっと待ってね。いま先生をおよびするから」
そう云って看護婦さんがカーテンの外へはけていった。
ぼくはどうして自分が入院しているのかさっぱりわからなかった。
2
現世はいささかめんどうなことになっていた。ぼくはなぞの失踪をとげ、行方不明となり、警察に捜索願いまでだされていたのだ。
そりゃそうだろう。雨の降る早朝からケータイはおろか財布ももたずに身ひとつで忽然とすがたを消していたのだから。事故・事件の両面から捜査がすすめられた。
そして、行方不明から3日目の朝。ぼくは針八幡宮の境内でたおれているところを掃除中の宮司さんに発見された。
第一発見者の宮司・戸仲井賛太(48)さんの証言によると、ぼくは境内を掃いていた宮司さんの前へ、地面によこたわったすがたで幽霊のようにス~ッとあらわれたそうだ。
宮司さんが腰をぬかさんばかりにおどろいたことは云うまでもない。それでも、おそるおそるぼくへちかづくと高熱におかされていたので、あわてて救急車で病院へ搬送されたと云う。
ぼく意識不明のまま2日間、病院で寝こんでいたらしい。
災難だったのは親切な宮司さんだ。ぼくが宮司さんの目の前で「幽霊のようにス~ッとあらわれた」などと云う証言が信用されるはずもなく、宮司さんはぼくの誘拐・拉致監禁容疑で警察のとり調べをうけたらしい。まるっと変態性欲者あつかいだ。
神社周辺も拉致監禁の痕跡をさぐるべく家宅捜索されたが、もちろんそんな証拠なぞでるはずもなく、宮司さんのアリバイにも不審な点はみつからなかった。
ぼくのところにも婦警さんと臨床心理士の人がききとり調査にきた。
「失踪中の3日間どこでなにをしていたのか?」
みんなが納得できるような整合性のあるウソをつければ問題はなかったのだが、結局なにも思いうかばなかった。
しかたがないので「わかりません」「記憶がありません」と、悪徳政治家のような答弁をひたすら押しとおした。気がついたら病院のベッドで寝ていたのだと。
ぼくには拉致監禁された記憶も(事実も)、第一発見者(にして容疑者)の宮司さんにも面識がなかったので、とりあえず事件性はないと判断され、それ以上の捜査は打ち切られた。
婦警さんに随伴していた臨床心理士の人が、ぼくの両親や学校関係者に「失踪中の3日間についてはたずねないように」と、釘をさしてくれたらしい。
つむぎの死が遠因で精神的になんらかの影響をおよぼしたのではないか? と云うあいまいな見解で「繊細な少年の心の傷をえぐることになるかもしれないので、いまはそっとしておくように」と云うことになったそうだ。
……まあ、つむぎの死が遠因であったことはまちがいないのだけれど。
現世への帰還を果たし、病院で目ざめたぼくはいますこし熱が下がらず、さらに2日間の入院を余儀なくされた。
退院する日の午前中、つむぎの両親がぼくのお見舞いにきてくれた。
つむぎの49日法要で単身赴任先のシンガポールから帰ってきていたつむぎのお父さんがまたシンガポールへ発つので、その前にわざわざ足をのばしてよってくれたと云う。
つむぎのお通夜の席で帰国したつむぎのお父さんを見かけはしたが、きちんと挨拶することはできなかった。
つむぎのお父さんも、ずっとつむぎの病床によりそっていたぼくに会って、きちんとお礼を述べたかったのだそうだ。つむぎのためにたいしたこともしてやれなかったぼくは恐縮した。
「……たぶん、熱にうかされていた時のことだと思うんですけど、ぼくあっちの世界でつむぎに会ってきました。つむぎは天国ですてきな人たちにかこまれて元気に楽しく暮らしていました」
唐突に切りだしたぼくの言葉に当然のことながらつむぎの両親はとまどいを見せた。しかし、ぼくはそんなようすに気づかぬふりをして、耳のおくでひびくつむぎの伝言をつたえた。




