第四章 邪神退治〈24〉
「……つむぎ」
つむぎがゆっくり歩みよると、ぼくの胸にこつりと頭を押しつけた。
「……トシくん。……トシくん。トシくん。トシくん」
「なんだよ? つむぎ」
ジャージの胸を熱くぬらすつむぎの涙を感じながらこたえると、
「トシくん。トシくん。トシくん。トシくん。トシくん。トシくん。トシくん! トシくん!トシくん! トシくん!」
つむぎがぼくの背に手をまわして号泣した。
「……お別れするのヤだよ! はなればなれになっちゃうのヤだよ! もっと一緒にいたかったのに、ずっとそばにいたかったのに、トシくんいなくなっちゃうのヤだよ! トシくんいないのヤだよ! ……つむぎ、ヤだよ!」
ぼくは生まれて初めてつむぎがわがままを云うのをきいた。
内気ですなおでききわけがよくて、両親にだってだだをこねるところをみせたことのないつむぎが、生まれて初めて、否、死んで初めてゼッタイにムリなわがままを云った。
ぼくもつむぎの背中と頭をだきしめるとちいさな声でこたえた。
「……つむぎのバカ。どうしてもっと生きてるうちに、ぼくにわがまま云ってくれなかったんだよ? つむぎが云うならもっと一緒にいてやったのに。ずっとそばにいてやったのに。……ぼくはなあ、……ぼくだってなあ、つむぎのこと、すっごく大好きだったんだぞ」
そう云うぼくの瞳からも涙がこぼれ落ちた。
そう。本当はぼくにだってわかってた。つむぎへの想いが「病弱な妹を気にかける兄の心情」なんかではなく、織機つむぎと云う女の子を「世界でたったひとりのかけがえのない存在」として大好きだったことを。
「つむぎのバカ。なにも云わずにひとりで勝手に死にやがって。……ぼくだって哀しかったんだぞ。ぼくだってすっごく泣いたんだぞ。しかも野球の試合中とかに。すっごく恥ずかしかったんだからな」
「……だって、そんなのしょうがないじゃん」
嗚咽まじりにとなえたつむぎのまっとうな反駁にぼくも泣きながらうなづいた。
「そうだよ。しょうがないんだよ。……でも、ぼくらはラッキーじゃんか。もう一度逢うことができた。そして、こんどこそきちんとさよならを云うことができる」
「……トシくん」
ぼくだって本当はさよならなんてしたくなかったが、つとめてあかるい声で云った。
「ぼく安心したよ。つむぎが冥くて冷たい死後の世界でひとり寂しい想いをしてたらどうしよう? って思ってたけど、キヤイキナスさまはやさしいし、宗重さんもイレンカさんも頼りがいがあって、おもしろくてよい人たちだし」
「……おもしろい?」
ぼくの言葉に宗重さんがかるく首をひねった。自覚はないらしい。
「きっと、つむぎのおじさんおばさんも、つむぎが守人神としてあかるく楽しくすごしてるって知ったら安心するよ」
「しんじてもらえるわけないじゃん」
「まあ、それとなくつたえるよ。ふたりにつたえたいことがあったら云って」
ぼくはつむぎから、つむぎの両親へのメッセージを耳打ちされた。
「……トシくん。すまぬがそろそろ時間ぞよ」
イレンカさんが申しわけなさそうに告げると、ぼくとつむぎは抱擁を解いた。それでもつむぎはぼくの手をにぎったまま立ちつくしている。
「……つむぎちゃん」
イレンカさんがうしろからつむぎの両肩へやさしく手をかけると、つむぎをうしろへ下がらせた。
うつむいたまま手の甲で涙をぬぐうつむぎへ云った。
「つむぎ。いままで本当にありがとう。……さようなら」
ぼくの言葉につむぎが顔をおおって泣いた。
「さ、いくぞよ、トシくん」
七支刀を胸の前へかかげたイレンカさんの声にも涙がまじっていた。
「……トスプ・イレンカ・ポソ・ヌササン!」
ぼくの足元に光る神法陣がうかび上がると、ぼくの身体が光に包まれてゆっくり神法陣に呑みこまれていった。
ぼくはこうして幽現界を、つむぎの刺繍地図を去った。




