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第一章 呪いのツム子さん〈4〉

挿絵(By みてみん)


     5



 事の発端……ではないとぼくは信じているけれど、最初の〈死〉は美雲パークタウン11号棟805号室に訪れた。


 亡くなったのは、うちのとなりの部屋に住む織機(おりはた)つむぎだった。享年(きょうねん)13歳。


 つむぎとぼくは同い歳で、S県麻蒜間(まひるま)市美雲町の美雲パークタウンへ引越してきたのも、同じ小2の春だ。つむぎとはおとなりさんの幼なじみである。


 つむぎはおとなしくて目立つタイプではなかったが、長い黒髪にほんわかとした笑顔の似あう気立てのよい女の子だった。


 つむぎが原因不明の病で床へ伏せるようになったのは、小6の初夏だ。


 才気活発とかスポーツ万能とか云う次元とは3億光年ほどかけはなれていたが、蒲柳の質、すなわち病弱と云うわけでもなかった。


 しかし、つむぎはとにかく疲れやすくなり、全校集会や体育の授業ならいざ知らず、ふつうの授業中でも貧血のような症状で倒れこむようになった。


 病院での精密検査の結果、ナントカ値が極端に低いものの、入院して24時間監視しなければならないほどの重篤(じゅうとく)ではないと判断され、自宅療養で経過を見ることとなった。


 通学できなくなったつむぎのところへ毎日のプリントや授業範囲なんかについて連絡に通ったのは、となりの806号室に住むクラスメイトのぼく、森崎寿幸(としゆき)である。


 はじめのうちは、クラスメイトの女の子たちも毎日お見舞いへきていたが、夏休みをはさんで彼女たちがつむぎのお見舞いにくることもなくなった。


 暑い夏がおわり、気候のおだやかな秋になっても、つむぎの症状が快復する兆しはあらわれなかった。


 クラスメイトのほとんどが中学受験準備に追われ、小学校でつむぎの存在はますます忘れ去られていった。


 ぼくも私立中学を受験をしたけれど、結果として不合格におわった。


 ぼくが私立中学へ進学すれば、来春からつむぎの通う公立中学での連絡係がいなくなる。


 薄情な女の子たちやムリヤリ任命された心ない連絡係につむぎを任せておけないと云う気もちの方が中学受験よりも(まさ)った。


 ただし、これを恋愛感情とよぶには語弊(ごへい)がある。


 病弱な妹を気にかける兄の心情だと思ってほしい(今さらだれとは告白しないがクラスに好きな女の子もいた。二股とか浮気とか云われても困る。どうせ片想いだ)。


 心情的にどうあれ、実際には親戚ですらないつむぎのために中学受験をやめると云うのもなんだか気恥ずかしいし、両親が納得するとも思えなかったので、とりあえず受験だけはしてみせた。


 しかし、受験なんてものは意図的に受かるよりも落ちる方がたやすい。


 両親もぼくの深謀|浅(ヽ)慮(ヽ)はまるっと看破していたようだが、特になにも云われなかった。


 受験料を払ってくれた両親に対して申しわけないと思う気もちもないわけではなかったが、これも人助けのためだと自分に云い聞かせることで、うしろめたさから目をそらした。



     6



 小学校の卒業式。つむぎは車イスでかろうじて卒業証書を受けとったものの、中学の入学式はインフルエンザで寝こんで欠席した。とどのつまり、つむぎが中学校へ通うことはなかった。


 しかし、自宅療養でヒマをもてあましていたつむぎは新しい趣味に興じていた。


 それが刺繍(ししゅう)である。


 小6の夏休みのおわり頃、シンガポールに単身赴任しているつむぎのお父さんが、お土産として買ってきたつましやかな刺繍(ししゅう)キットがきっかけだった。


 つむぎのお父さんに深い意図はなかったようだが、つむぎは刺繍(ししゅう)にがっつりハマった。


 数十分刺繍(ししゅう)をしては横になり、また数十分刺繍(ししゅう)をしては横になるのくりかえしだったが、これまで好きだった読書やDVDでの映画鑑賞に見向きもしなくなるほど、つむぎは新しい趣味に没入した。


 なにがそんなに楽しいのかと思ってたずねたら、


「自分でなにを作ろうかな? って考えるのが楽しいし、自分の頭の中にしかなかったものがカタチとしてあらわれてくるのが楽しいんだよ」


 そう云って、心底楽しそうに笑った。


 中学でも野球部へ入ったぼくのスパイク入れに、野球のボールを擬したドクロマークと筆記体のアルファベットで「Toshiyuki」と刺繍(ししゅう)してくれたのもつむぎだ。


「カッコイイじゃん、その刺繍(ししゅう)。どこの店で入れてもらったんだよ? オレにも教えろよ」

 と、野球部の面々からうらやましがられるほどのでき映えだった。


 本当のことを云えば、ぼくとつむぎとの関係をヘンにかんぐられて冷やかされるに決まっているので、


「田舎のおばあちゃんが送ってくれたからわからない」


 そんなふうにしらを切った。

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