第四章 邪神退治〈11〉
「……ぼくがイレンカさんの恋人?」
「そうぞよ。もっとも、巫女は生涯純潔をまもらねばならんじゃったから、わぬしとはこうしてふれあったこともなかったがの。ときおり逢って話をするだけじゃったが、わらわたちはたがいをふかく恋慕うておった」
さいしょに挨拶したとき、イレンカさんが愛おしげにぼくの顔をながめていたことや、折にふれての過剰なスキンシップの理由がようやくのみこめた。ぼくの過去世のひとつがイレンカさんの恋人だったことに気づいていたからだ。
イレンカさんの話によると、ぼくの過去世サウレオタムは腕のよい狩人だったそうだ。神饌となる獲物をイレンカさんの住む神殿へ定期的にとどけていたらしい。イレンカさんはサウレオタムの純朴かつ実直な人柄に魅かれていつしか恋に落ちたと云う。
「夜中にちょこちょこ神殿をぬけだして、わぬしの元へ通ったものぞよ。わぬしは動物や草花に精通しておったからな。いろんな話をしてくれた。短い生涯を通してあれほど幸せだった刻はないぞよ」
しみじみと語るイレンカさんの言葉に一瞬、ふたりでながめた星空をかいま見た気がした。
「ぼくとイレンカさんが恋仲だったのなら、つむぎもそのことを知っていたんじゃないですか?」
ぼくの問いかけにイレンカさんが微苦笑した。
「わらわが邪神クンネセレマクの封印とひきかえに命を失いしとき、つむぎ(ラムハウケ)ちゃんはまだ6つぞよ。わぬしのすがたくらいは見かけたこともあろうが、口をきいたこともあるまい」
しかし、ある日、邪神クンネセレマクがあらわれた。
邪神クンネセレマク封印の任をおびた巫女イレンカさんを警護する兵士のなかにサウレオタムのすがたもあった。かれはみずから志願し、弓の腕を買われてイレンカさんの警護へくわわったと云う。
サウレオタムはその身を挺して邪神クンネセレマクの攻撃からイレンカさんをまもり、そして死んだ。
イレンカさんも白蛇神キヤイキナスさまから託された全霊魄をそそぎこみ、邪神クンネセレマクを封印したものの衰弱し、数日後に息をひきとった。
「わらわは死の床で願ったものぞよ。つぎに生まれかわるときはわぬしと添いとげ、末永く幸せに暮らしたいものじゃと。……しかし、守人神となったわらわに〈つぎ〉はなかった」
「イレンカさん……」
「守人神となって2000年。このお役目を厭うたことはないが、わぬしへの想いはいつも心の片隅にあった。よもや、このようなかたちで今一度逢えるとは願うてもみなかった。これは奇跡ぞよ……」
そうささやくイレンカさんの声が、肩が小さくふるえていた。滂沱する涙がぼくのほおをぬらしていた。
かなうはずもなかった恋する相手の魂と、2000年もの刻をへだてて再会したイレンカさんの想いがぼくの心もぬらしていた。
「ごめんなさい、イレンカさん。過去世の記憶をおもいだせなくて……」
ぼくの言葉にイレンカさんが泣きながらほほ笑んだ。
「……そう云うところもわぬしらしいぞよ。わらわのひとりよがりにつきあわされて、さぞかし迷惑しているであろうに」
「そんなこと……」
そう云いかけたぼくの胸の奥であたたかい光が大きくわきあがった。ぼくの魂の奥底に眠るサウレオタムの記憶が、ぼくの身体をとおしてイレンカさんにやさしく語りかけた。
「お久しゅうございます、イレンカさま」
「……わぬし!?」
「やっと、やっとお逢いできましたな。みどももおまえさまとめぐり逢いとうて、なんども転生をくりかえしており申した。いつかどこかでもう一度出逢えるのではないかと」
「サウレオタム……」
サウレオタムの支配するぼくがイレンカさんをだきしめると上体を起こした。やさしく力強い抱擁にイレンカさんの身体から力がぬけていく。サウレオタムがイレンカさんの耳元でささやいた。




