第四章 邪神退治〈9〉
「つむぎもいっしょ。ぜんぜん迷惑じゃないよ。……それに全部つむぎのせいだもん。トシくん巻きこんじゃったのも」
悄然とうつむくつむぎにぼくは断言した。
「つむぎのせいじゃない。悪いのは全部、邪神クンネセレマクだ。あんなのがいなけりゃこんなことになってないんだから、つむぎはなにも悪くない」
ぼくの言葉につむぎがムリヤリほほ笑んだ。
「……そうだね。悪いのは全部、邪神クンネセレマク! トシくんがエッチなのも邪神クンネセレマクのせい!」
「いや、後半おかしいし!」
いきおいで上体を起こしてツッコんだぼくとつむぎは同時にふきだした。バカだなー、とか云いながら小さく笑いあう。なんだかこのかんじはなつかしくて新鮮だった。
おもえば、つむぎが病臥してからの数年間、ぼくらはずっとおたがいを気づかいながら、それでいておたがいにそれを気づかれまいとしながら、つとめてあかるくふるまっていた気がする。
とくに、邪神クンネセレマクと目に見えないしずかな死闘をくりひろげていたつむぎは、ぼく以上に平静をよそおってさいごまで心配をかけまいとしたのだ。
そんなぼくらがひさしぶりに忌憚なくしょーもない会話で笑いあっている。つましやかで、ごくごくあたりまえのことがぼくにはとても嬉しかった。
「……つむぎ、かわったよな」
「え?」
なにげないぼくの一言につむぎがおびえた表情を見せた。
「つむぎ、なんかおかしいかな?」
あまりにも不安げにつぶやくつむぎのようすに困惑したぼくはあわててフォローした。
「あ、いや、まえより性格あかるくなったな、とおもって」
「だめ……かな?」
「いいじゃん。いいことだよ。……ただ、エッチなこと云ってぼくのことからかうようなキャラじゃなかったよな~、とかおもってちょっと」
とまどう。
「そっか。そうだよね。……ごめん、トシくん」
「いや、べつにあやまられるようなことじゃないけど……」
冗談めかして吐露した本音につむぎが本気でうつむいた。ぼくはなにか気の利いた冗談できりかえしてもらえるものと期待していたので、しどろもどろの対応になる。
ぼくはとりとめもないふつうの会話をしているつもりだったので、どうしてつむぎがこんなに悄然としているのか理解できずにいた。
「あのね、トシくん。今のつむぎは〈中有〉でたくさんの過去世の記憶をとりもどしたんだよ。男の人だったこともあるし、外国の人だったこともあるし、たくさんの子どもや孫にかこまれて暮らしていたこともあるし……」
「……?」
「だから、つむぎはトシくんと生きてたときよりたくさん人生経験してるんだよ。だから……」
今にも泣きだしそうな顔で言葉をさがすつむぎにぼくはやさしく云った。
「ごめん、つむぎ。ぼくの云いまちがいだ。つむぎは〈かわった〉んじゃなくて〈成長〉したんだな。守人神になってからも、たくさん本読んだり映画見たりしたかんじなんだ?」
「……うん。そんなかんじ」
つむぎがこくりとうなづいた。
「自分でも気づかないうちに性格かわっちゃってて、トシくんから見てヤな女の子になってたらどうしようとかおもって……」
ぼくはつむぎのつまらない杞憂を一笑にふした。
「大丈夫。今もむかしもつむぎはつむぎだよ。根っこはちっともかわってない。大体、ぼく一言もつむぎの悪口なんて云ってないじゃん」
ぼくの言葉に安堵したような表情をうかべたつむぎが小さな口をとがらせて拗ねた。
「……さっき、羽子板まな板洗濯板胸って云ったもん」
「それは、その、あくまでつむぎの外見的特徴を客観的かつ冷静に描写したまでであって、つむぎの人格をそこなうものでも否定するものでもなく……」
「女の子のちっちゃい胸をからかうのは人格否定、人権侵害なんだよ!」
あ~あ、自分でハッキリ「ちっちゃい」とか認めちゃってるし。
「からかってないだろ。ちゃんときいてなかったな、つむぎ。ぼくは「すてきな羽子板まな板洗濯板胸」って云ったんだ」
「じゃあ、イレンカちゃんのおっぱいイヤ?」
即断できず一瞬、言葉につまったぼくの隙をつむぎは見のがさなかった。
「ほおら、ねっ! やっぱりトシくんも大っきなおっぱいのほうが好……」
「……つむぎちゃん、おっきな声でなにクダラナイ話をしてるぞよ」
メッタ打ちされ完全にロープぎわまで追いこまれたKO寸前のボクサーみたいなぼくの窮地を救ってくれたのは、話題の主・イレンカさんその人だった。




