第一章 呪いのツム子さん〈3〉
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集会場をでると、美雲パークタウン2号棟を通りぬけられる通路をかねた駐輪場に、元クラスメイトの女の子数人が鳩首して泣いていた。
くしゃくしゃのハンカチをにぎりしめ、赤く泣きはらしたまぶたをこする石和田朋子とたまさか目があった。なんとなく無言で立ち去るのもためらわれたぼくらは、仕方なく彼女たちへと足を向けた。
「……久しぶり」
「……うん、久しぶり」
ぼくのそっけない挨拶に石和田もボソっとこたえた。
「おまえら、安達と連絡とりあってた?」
柳本の質問に石和田が小さく頭をふった。だれとも連絡をとりあっていなかったらしい。
女の子同士の友情なんてクラス替えだけでも雲散霧消する。そのことを知っているぼくは、どうして彼女たちがこんなに泣いているのか理解できなかった。
「横山君、由佳と同じ中学だよね? 由佳になんか変わったとこなかった?」
石和田のとなりでしゃくりあげていた藤田愛実が横山に詰問した。こんな時にどうでもよい話だけど、小学生の時は黒かった藤田愛実の髪がパーマがかった茶色に変わっていた。
「あ、えっとオレ、安達とクラスちがうからよくわからないけど、イジメとかはなかったと思う。たぶん」
「でも、同じ小学校じゃん!」
同じ小学校出身だったら、いつでも気にかけておくのが当然とでも云いたいのだろうか? 藤田の理不尽なやつあたりにうろたえる横山へ柳本が助け船をだした。
「そんなの関係ねえよ。同じクラスでも女子たちのことなんてわからねえって」
「……なあ、やっぱ安達って自殺なのかな?」
どさくさにまぎれて伊東がぶしつけな質問をした。
ぼくらは安達由佳が転落死したことしか知らされていない。その手のゴシップ……と云うと不謹慎だが、情報は女の子たちの方がくわしいはずだ。
「お母さんの聞いてきた話だと、転落現場に争ったような形跡はなかったから、ほかの3人と一緒で自殺か事故じゃないかって……」
石和田のうしろでひざをかかえるようにしゃがみこんで泣いていた小太りの木内早苗が、うつろな声でつぶやいた。
彼女がなにげなく口にした「ほかの3人と一緒」と云う言葉に、ぼくは軽く心臓をにぎられたような疼痛を憶えた。
「横山君。……みなさん由佳さんのお友だちですか?」
ぼくらのうしろから見なれない制服を着た女の子たちが声をかけてきた。
小さな喪章こそつけているが、リボンタイや丸くふくらんだブラウスのそで、スカートにあしらわれた暖色のタータンチェックが場ちがいに愛らしい。安達由佳や横山と同じ東京の私立中学の生徒だ。
「あ、篠原さん。……うん、そう。小六の時のクラスメイト」
横山がざっくり肯定して紹介すると、篠原とよばれた女の子がおずおずとぼくらへ問いかけた。
「私たち、由佳さんと同じ図書委員だったんですけど、由佳さんが自殺するなんて信じられないんです。……それで、あの、ちょっと変なウワサを耳にしたんですけど〈呪いのツム子さん〉って本当にいたんですか?」
篠原とよばれた女の子の質問がおわらないうちに、そのうしろにいたツインテールの女の子がヒステリックに叫んだ。
「このマンションで4人も動機不明の自殺者がでてるんでしょ!? みんな未成年の女の子で〈呪いのツム子さん〉に関係のあった人ばかりだって!〈呪いのツム子さん〉って、あなたたちのクラスメイトだったんでしょ!? なんなのよ、一体!?」
ふたりの言葉が鋭利な刃物となってぼくの心臓を刺しつらぬいた。さっきとは比べものにならないほどの痛みに思わず胸を押さえてよろめく。
「……森崎?」
ぼくの変調に気づいた柳本が心配げにのぞきこんだ。ぼくは鋭い胸の痛みと腹の底からわきあがる怒りを必死でおさえながらツインテールの女の子をねめつけた。
「なにも知らないくせにイイカゲンなこと云うなよ。……〈呪いのツム子さん〉なんているはずないだろ!」
ぼくの尋常でない剣幕に全員が凍りついた。その理由を知っている者も知らない者も。
これ以上その場にいると自制が効かなくなると考えるより先に、ぼくは傘も置き忘れたまま彼らの元を走り去っていた。
柳本がぼくの傘を拾いあげながら、ぼう然とたたずむ安達由佳のクラスメイトたちへささやくように云った。
「森崎の云う通り〈呪いのツム子さん〉なんていないよ。ほかの3人とは接点もなかったし、最初に亡くなった〈呪いのツム子さん〉? ……織機つむぎはまちがっても人を呪い殺すような女の子じゃなかった」