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第四章 邪神退治〈1〉

挿絵(By みてみん)


     1



 とどのつまり、ぼくらは小1時間かけて瑞巌寺(ずいがんじ)へたどりついた。


 門のところから見て正面に本堂があり、左手前に鐘つき堂。本堂の横、右手奥に僧坊がひかえる。裏手は墓地であるらしい。


 場所とか敷地のひろさは今の瑞巌寺(ずいがんじ)とかわらないようだが、ぐるりの土塀や門、本堂なんかは、ぼくの知らないものだった。


 今の瑞巌寺(ずいがんじ)のぐるりは白い砂まじりのコンクリ壁だし、ヘンな鉄の掲示板とかあるし、門扉も学校みたいなスライド式の鉄柵だ。刺繍(ししゅう)地図の瑞巌寺(ずいがんじ)ほど(おもむ)きはない。


 瑞巌寺(ずいがんじ)へはいると〈奴さん〉のしめ縄結界が消えた。


 背中に白蛇神キヤイキナスさまをのせた巨大な式神・犬丸を先導する宗重さんが本堂の大きな戸をあけ、床をぽんと手でかるくふれると、本堂奥にあった仏像や調度品が消えて、なかが空になった。


「キヤイキナスさま、あちらへ」


(ありがとう、宗重さん)


 犬丸の背でとぐろをまいていた白蛇神さまが低空を()うように本堂奥の板の間へ移った。ふたたびとぐろをまいて鎮座(ちんざ)する。


 白蛇神さまをおろした宗重さんの式神・犬丸が元の大きさにもどった。宗重さんが犬丸の尻尾のつけ根をガシガシかいて労をねぎらった。犬丸もくるっと丸まった太い尻尾をうれしそうにふっている。


「ごくろうじゃった、犬丸。すまんが、ひきつづき探索をたのむ」


「諒解だわん!」


 犬丸はそうこたえると、寺の外へ元気にかけていった。


「いや~、ひさしぶりにがっつり歩いたんだよ。気もちいい~」


 そう云ってつむぎが本堂へあがる階段へ腰かけた。


 ぼくはひろい境内に立ち、あやふやな記憶をたぐりながら今とむかしの瑞巌寺(ずいがんじ)を頭のなかですりあわせていると、酔笑(すいしょう)さんがちかづいてきた。


「いかがいたした、森崎どの?」


「今のお寺とどこがちがうのかな? って」


「本堂と鐘つき堂の位置はかわっておらんですじゃ。ただ、今の本堂はそれがしの生まれるまえ、寛保3(1743)年に建てかえられておるし、鐘つき堂も明治に建てかえられておりますから、この時代の面影(おもかげ)はないですじゃ」


「現世に今ある本堂って酔笑(すいしょう)さんの生まれるまえからあったんですか?」


「うむ。それがしにはおもいでのつまったなつかしいところですじゃ。ここで一句〈青春の、想いつもりし、俳句寺〉」


「俳句寺?」


「それがしの生きていたころ、瑞巌寺(ずいがんじ)は〈俳句寺〉などと云われておりましての。好事家たちが鳩首(きゅうしゅ)して夜どおし連歌会をもよおしたりしておったのじゃ。それがしも、ここへはよくかよいましたじゃ」


 そうかたりながら境内の一角にある植えこみへ歩をすすめる酔笑(すいしょう)さんのあとに、ぼくもなんとなくついていった。


刺繍(ししゅう)地図時代の瑞巌寺(ずいがんじ)にはありませなんだが、それがしの生きた時代には、このあたりに〈俳句塚〉と云って、たくさんの句碑(くひ)がならんでおるのじゃ。知っておりますじゃろ?」


 ぼくが首を横にふると、酔笑(すいしょう)さんがヤレヤレと嘆息(たんそく)した。


「ここにそれがしの句碑(くひ)を建てたときは、なんともほこらしい気もちになったものじゃが、そうか、森崎どのは知らぬか」


「……すいません」


 酔笑(すいしょう)さんが植えこみに手をかざすと、ちょっと地面がもりあがり、草花の植えられたところどころに30~50cmほどの小さな句碑(くひ)がぽこぽことタケノコのようにはえた。


 赤茶けて小さな山のようなかたちをした句碑(くひ)を指さして酔笑(すいしょう)さんが云った。


「あれが、それがしの句碑(くひ)ですじゃ」


 石の(おもて)にみみず文字が彫られていたが、もちろんぼくには解読不可能である。浅学非才を恥じつつたずねた。


「なんて書いてあるんですか?」


「〈散りてなお、(かげ)に咲きたる、桜かな〉ですじゃ」


「すてきな句じゃないですか」


 ぼくは正直にほめた。〈口吸いて……〉なんてアホな句(?)を口ずさむ人の()んだ句とはおもえなかった。俳句のよしあしなんてわからないけど、頭のなかにパッと情景がうかんだ。


 ハラハラと大地へ散った薄紅色の桜の花びらが、青い桜の木陰をしずかに(いろど)る。そのつましやかで美しい光景は、まるで守人神(もりひとがみ)のことを()んだみたいだとおもった。


 もちろん、生前の酔笑(すいしょう)さんは守人神(もりひとがみ)のことも知らなければ、自分が守人神(もりひとがみ)になることも知らなかったはずだ。


 ただ、亡くなったあとも自分たちの愛した土地やそこで生きる人たちを見守る守人神(もりひとがみ)のすがたが、(かげ)に咲く花のイメージとかさなるようにおもえた。

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