第三章 守人神たち〈17〉
「犬丸!」
宗重さんが空へ向かって叫ぶと、少し間があって壊れた土塀の向こうから、額に小さな角を生やした白い犬が駆けてきた。
「キヤイキナスさまをお移しする」
「わん!」
宗重さんが式神・犬丸の背中へぽんと軽く手を触れると、犬丸が巨大化した。大型トラックくらいの大きさで、ちょっと身をかがめれば身体の下をくぐることもできる。
白蛇神キヤイキナスさまが犬丸の背から少し浮く感じでとぐろを巻いた。
「ここで一句。〈しめ縄で、はりめぐらさん、結界を〉」
酔笑さんがたもとから折り紙の〈奴さん〉を4枚とりだした。上下白赤の〈奴さん〉を地面へまくと、〈奴さん〉がテテテと駆けてぼくたちをとりかこむ。
4体の〈奴さん〉が両手をあわせて大きくのびをすると、〈奴さん〉の手にはさまれた細い竹の枝がするすると天へ向かってのび、4本の竹の先端にしめ縄がはりめぐらされた。
ぼくらの動きにあわせて〈奴さん〉のしめ縄結界も移動するらしい。
「それでは出発するぞよ」
イレンカさんの号令でぼくらは宗重さんの武家屋敷をあとにした。
6
(これが500年前の麻蒜間市……!?)
昨晩はまっ冥な上にあっと云う間でまわりの風景なんてまったく見られなかったが、おだやかな陽ざしに照らされた500年前の麻蒜間市は、畑と原野と森しかない雄大な〈ザ・田舎〉だった。
昨晩の戦闘を物語るふたつに裂けた巨木も畑に埋もれるようなかたちで遠くの方に見えた。あそこが今はぼくらの住む美雲パークタウンと云うことだ。
遠景にひろがる山々のシルエットがなければ、ここを麻蒜間市と感じることはできなかっただろう。逆に云うと、500年前からかわらない風景のあることもふしぎだった。
もちろん電信柱はおろか外灯すらない。おちこちに散見できる集落の数もとぼしく、昨晩の夜の深さが理解できた。
畑のところどころでは野良仕事に精をだす人々の姿もあった。あぜ道に腰を下ろして休憩している人もいる。
これらは折り紙の〈奴さん〉でつくった〈ダミー人間〉だそうだ。邪神クンネセレマクが彼らの霊魄を吸い上げようとしたら守人神に感知することができると云う。これもトラップのひとつだ。
(昔の人たちはこんなところで暮らしていたのか)
「どうした、少年?」
腰に鮫肌白鞘の太刀を佩き、上半身は野球のユニフォーム、下半身はひざのところを脚絆でしばる裁着け姿と云う宗重さんにたずねられた。
なんとか頭の中で現在の麻蒜間市と重ねあわせるべく、夢中で想像をはたらかせていたため、いささか挙動不審であったらしい。
「これが500年前の麻蒜間市なのかと思うとふしぎな気がして」
「おだやかでよいじゃろう? 儂はかの地をふきぬける初夏の風がたまらなく愛おしくての」
「ひょっほっほ。宗重どのもなかなかの詩人じゃ」
宗重さんの感慨を酔笑さんがまぜっかえした。
「ここで暮らすって一体どんな感じなのかな? って、ちょっと想像がつきません」
「そうじゃのう。少年がガスも電気も水道もTVもスマホもない生活を想像するのはむずかしいか」
得心する宗重さんの言葉にぼくはうなづいた。
「儂は文明の進歩を否定するつもりはない。TVでメジャーリーグを観るのも楽しいし、外国のビールもうまい。この時代の人々はただ暮らすために働き、生きるために生きるだけで精一杯じゃった。……しかしのう」
宗重さんが遠い過去をなつかしむかのように目を細めた。
「四季折々のささやかな変化に耳をすまし、一所懸命にだれかを愛し、子を育み、生きて、死んだ。諸行無常の世界にもつましやかな幸せはあったのじゃよ」
「それがしも、もう一度生まれ変わるなら江戸時代より現代の方がよいとは存ずるが、ちと現代はいきすぎておりますのう。コンビニやら外食産業が毎日山のような食べ物を捨てまくり、ゲンパツで電気をつくるなぞ言語道断ですじゃ。世の中は少し足りないくらいでちょうどよいのですじゃ」
酔笑さんの文明批判に宗重さんも同意した。
「ゲンパツはよくない、ゲンパツは。儂らは後世に豊かな自然をのこしてきたが、ゲンパツは何万年もの後世に核廃棄物しかのこさんではないか。身勝手な利便とひきかえに後世へ負のツケをまわすなどもってのほかじゃ」




