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第一章 呪いのツム子さん〈2〉

挿絵(By みてみん)


     3



 しとしとと陰鬱(いんうつ)な雨の降りしきる中、美雲パークタウン2号棟の集会場で安達由佳のお通夜が執りおこなわれた。


 夜が手招きしたかのような黒い喪服の人々が、うつむきながら無言で集会場へと足を運ぶ。


 見なれない制服を着た女の子たちも多く見受けられた。安達由佳と同じ東京の私立中学へ通う生徒たちらしい。時おり小さく肩をふるわせながら、身をよせあってご焼香の列にならんでいる。


 ぼくが集会場の外までつづくご焼香の列にひとりでならぶのをためらっていると、空色の半そでワイシャツにチェック(がら)のスラックスと云う、ちょっぴりハデ目な制服を着た元クラスメイトが傘もささずにやってきた。


「よっす、森崎。なんかヤな雨だな」


 ぼくは肩をすくめる柳本へ自分の傘をさしかけながらこたえた。


「久しぶり、柳本」


「小学校の卒業式以来か。……なんかこんなカタチで会いたくなかったよな」


「そうだね」


 軽い口ぶりをよそおう柳本の言葉にぼくはうなづいた。


 柳本も私立中学進学組なので、近場の公立中学へ通うぼくとは接点が失せて久しい。同じ美雲パークタウンに住んでいるのに、偶然ばったり会うこともない。


 ぼくと柳本の姿に気づいた小6の時のクラスメイト数人が集まってきた。


 同じ中学の伊東と、私立中学進学組の高橋と横山。横山は亡くなった安達由佳と同じ東京の私立中学だ。


 ぼくらは軽く挨拶をかわすとご焼香の列にならんだ。


「……森崎。今も部活で野球つづけてんの?」


「え? うん」


 柳本の唐突な質問に戸惑いながらも、いささか救われた気もちでこたえた。


 安達由佳のお通夜なのだから、彼女のことや小6の時の思い出話をするべきなのかもしれない。


 脳裏には彼女との思い出もよぎっているのだが、それを口にだすのはなんだかはばかられた。


 きっと思い出話をすることで、彼女の死を認めてしまうことになる。それがイヤだった。


 ぼくらのうしろへならぶ伊東と高橋も、おそらくは無意識のうちに彼女の話題を避けていた。


 ぽそぽそとどうでもよいオンラインRPGの話をしているし、亡くなった安達由佳と同じ中学の横山にいたっては、ふたりの話を聞くともなく無言で小さな愛想笑いをうかべている。


 実のところ、ぼくたちはつらいとか哀しいとか(さび)しいとか云う実感もないまま、この現実を受けとめきれず心底困惑していた。


「おまえ、本当はそこそこ頭いいんだからさ、高校はもっとちゃんと野球できるとこいけよ」


「なんだよ、それ?」


「やりたいことがあるヤツは、ちゃんとやらないともったいねえってこと」


 小さい頃から野球は好きで一生懸命打ちこんでいるが、今のところ特別上手な選手と云うわけでもない。


 夏へ向けての地区予選大会がはじまっているが、中2のぼくはいまだ公式戦でレギュラーについたことがない。


「柳本は? バスケやってんの?」


「いや。勉強についてくのがやっと。ちょっとでも成績落ちると見下すヤツとか多いんでムカつくんだよ。部活とかやってるヒマねえ」


「名門私立って大変なんだな。……でも、柳本、頭よかったじゃん」


「なんかモチベーションあがんないって云うか、勉強の先にやりたいこととか見つからねえんだよ」


「みんなそうなんじゃない? 最初からやりたいことがハッキリしてる人なんていないよ」


 われながら陳腐(ちんぷ)な相づちに柳本が小さくため息をついた。


「……小学生の時は親にいい学校行けとか云われて、その方がカッコイイと思ってたけど、いざ名門私立へ入学してみたら、ひたすら勉強勉強でほかになにもねえんだよな。だから時々おまえのことがうらやましくってさ」


「うらやましい? ぼくが?」


 いまや学費や学力や向上心のない生徒のふきだまりと揶揄(やゆ)される公立中学へ通うぼくのどこがうらやましいと云うのだろう?


「おまえ、野球とか下手でも一生懸命だったじゃん。なんで下手なのにこんな楽しそうなんだろ? とかさ」


「それって、()めてないよね?」


 苦笑するぼくを気にとめるそぶりもなく柳本がつづけた。


「たとえば、勉強が苦手でも「あの高校で野球やりたい」ってモチベーションがあれば、勉強がんばる気になれるじゃん。「勉強イコールやりたいこと」じゃなくてもがんばれるじゃん。そう云う〈先〉って云うか、なんかないとつまんなくね?」


「……まあ、多分。でも、そう云うこと考えてる柳本なら、きっとそのうちやりたいことも見つかるって」


「だといいけど」


 ぼくの無責任なはげましの言葉に柳本が微苦笑した。


 実があるんだかないんだか、()められたんだか、けなされたんだかわからない会話をしているうちに、ご焼香の列が集会場へと達した。


 外は(くら)い闇と傘の陰にかくれて小声の会話も気にならなかったが、黄色いLED灯のまばゆい集会場へ入ると、だれしも無言でご焼香の順番を待つしかなかった。


 室内の明るさに反比例するかのような、ひりひりとする哀しい空気感がいたたまれない。


 どこか消毒液のにおいが鼻につくお通夜の祭壇を前に、ぼくらは粛々(しゅくしゅく)と安達由佳へのご焼香を済ませた。

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