第三章 守人神たち〈4〉
「今ならもっと合理的に封印・退治することもできるんだけど、2000年前はなんとか封印するのが精一杯だった。2000年かけてじわじわ邪神クンネセレマクの魔力を失わせて、無力化した邪神クンネセレマクを消滅させるはずだったんだよ」
「はずだった?」
つむぎが小さくうなづいた。
「刺繍地図の大っきな楠と小さな石の祠があったでしょ? あれは邪神クンネセレマクを封印するためのご神木とその強化装置だったんだよ。さすがにご神木は2000年も保たないから、数百年に一度は植え替える必要があったんだけど、それでもきちんと封印はつづけられていた。……麻蒜間市美雲町に美雲パークタウンが建つまでは」
美雲パークタウン。ぼくらの暮らすマンションだ。
「実は美雲パークタウンが建つ直前まで、美雲町のほとんどは700年くらいつづく広大な畑だったんだよ。その土地をなにも知らない地主さんが売っぱらっちゃったの」
「ご神木はちょいちょい植え替えていたんだろう? 代々伝わる古文書みたいのなかったの?」
「つむぎも〈中有〉で知ったんだけど、地主さんの家って大正末期に大火事でそう云うの燃えちゃたんだよね。江戸時代後期にもご神木を植え替えているんだけど、その時のこと覚えている人たちもすでに鬼籍で、完全に断絶しちゃったわけ」
「それは、しかたないか」
「せめてご神木や祠を撤去するさいにお祓いのひとつでもしてくれれば、また少しちがったんだろうけど、地鎮祭とは本質的に別の呪術だから、結果的に邪神クンネセレマクを閉じこめていた牢獄のカギを開けたまま放置するカタチになったんだよ」
「それでほとんど力を失いかけていた邪神クンネセレマクが少しづつ魔力をとりもどしていったってわけか」
ぼくらが美雲パークタウンへ引越してきてから6年。建設には1~2年かかったはずなので、およそ8年の間に邪神クンネセレマクはある程度の魔力を快復させたらしい。
「つむぎの病気も邪神クンネセレマクに少しづつ霊魄を吸いあげられていたからなんだよ」
「……つむぎは邪神クンネセレマクに殺されたって云うのか!?」
「うん」
あっさりと告げられたつむぎの死因に、ぼくは絶句した。
「もともと、つむぎは邪神クンネセレマクが封印されてから2000年になる今年、現世から霊界をサポートして邪神クンネセレマクを完全に消滅させるための巫女として生を請けたの」
「巫女? つむぎが?」
ぼくは耳を疑った。
「病気になったつむぎは夢とかで霊界からメッセージを受けとって、自分の〈お役目〉を知ったんだよ」
刺繍地図は霊界からの啓示を受けて縫いだしたそうだ。
よしんば、生前、つむぎの口からそれを告げられても、ぼくらはつむぎの気が狂ったものとかんちがいしたに決まってる。
「時間との闘いだったの。つむぎが邪神クンネセレマクにすべての霊魄を吸いあげられて死ぬのが先か、つむぎが刺繍地図を完成させて邪神クンネセレマクを封印するのが先か。……で、とどのつまりはタッチの差で負けちゃった」
つむぎが自嘲した。
「つむぎが間にあっていれば、4人の〈犠牲者〉もでることはなかったし、トシくんをこんなカタチで巻きこむもなかったのに。……ごめんね、トシくん」
「……つむぎが謝ることなんてない。ぼくの方こそずっと一緒にいたのに気づいてやれなくてごめん。なんにも手伝ってやれなくてごめん」
そう云いながら、ぼくはつむぎの孤独を思って泣きそうになった。だれにもなにも打ちあけられず、町を世界を守るためにたったひとりで文字通り「命を削って」闘っていたなんて。
「ううん。トシくんには感謝してるんだよ。つむぎが最後までできなかったことをトシくんがしてくれた。トシくんのおかげで、つむぎたちはまだ負けてない」
つむぎの言葉に熱がこもった。
「たとえば、世界には悪虐非道な独裁国家とか、無差別テロをひき起こすような過激派組織があるでしょ? ああ云う人たちは邪神にとり憑かれているの」
神は神でも世界に殺戮と混沌をもたらす〈禍津神〉だ。邪神クンネセレマクが完全に復活すれば、日本は世界を震撼させる凶悪かつ狂信的な軍事国家にもなりかねないのだと云う。実際、その影響もではじめていたらしい。
「……邪神クンネセレマクが地上へあらわれるための最後のカギは〈さかさ五芒〉。邪神クンネセレマクはそのために5人の少女の魂を必要としていたんだよ」
「それが4人の〈犠牲者〉か」
「そして5人目の〈犠牲者〉になりかけたのがトシくん」
「ぼく!? いやいや、ぼく女の子じゃないし!」
こともなげに告げるつむぎの言葉にぼくは異議をとなえた。




