第三章 守人神たち〈3〉
「ありがとうございます。あの、えっと……酔笑さん?」
「ここで一句。〈それがしは、坂木酔笑、よろしくの〉と云うわけですじゃ、森崎寿幸どの」
「はあ……よろしくお願いします」
五七五と云う以外、季語もおもしろみもない句を詠む老人にとまどっていると、つむぎが補足した。
「こちらのお方は守人神・坂木酔笑さん。江戸時代中期に麻蒜間市で活躍した俳人さんなんだよ」
ハイジン? ……ああ、アルプスの少女でもなければ廃人でもなく俳人ね。
「霊魄がきちんと身体の隅々までいきわたるには、まだ15分ほど必要ですじゃ。急ぎの用もないでの。もう少し休まれるとよかろう」
そう云って部屋をでた酔笑さんは障子を閉める時、意味ありげにほほ笑んだ。
「小1時間ほどいたしたら、あらためてお迎えにあがりますゆえ、それまでしっぽりとお愉しみくだされ」
「もう、酔笑さんってばっ!」
ひょっほっほ、と云う笑い声をのこしながら、障子越しの影が遠ざかっていった。
「どうした、つむぎ? 顔赤いぞ」
「うっさい!」
つむぎはいつの間にか手にしていた枕をぼくの顔へと投げつけた。ぼくは無抵抗に枕を喰らってそのまま布団へ倒れこんだ。たしかにまだ力が入りづらい。
「もうっ! つむぎ疲れたっ! つむぎも寝るっ!」
つむぎがぼくの上にはだけたかけ布団をかけなおすと、自分も布団へ入ってきた。
「トシくんじゃまっ! もっとそっちつめてっ!」
「……あ、はい」
ぼくが布団の中で身体をずらして左半分のスペースを空けると、つむぎがそこを占領した。ぼくに投げつけた枕を自分の頭の下へ入れてしずかに目を閉じる。
(……どうして、ぼくとつむぎがひとつの布団で枕をならべて寝ているのだろう?)
つむぎのことを意識してそんなことを考えていたのだが、それ以前にもっといろんな謎があることに気づいたぼくは、ぼんやりと天井の木目を眺めながらつむぎにたずねた。
「つむぎ。いろいろきいていいかな?」
「なに?」
「ここはどこ? 邪神クンネセレマクはやっつけたの? それと……ぼくは死んでるの?」
少し間があって、つむぎがささやいた。
「……そっか。そうだね。トシくんはなにもわかんないまま巻きこまれちゃったんだもんね。安心して。トシくんは死んでない」
つむぎは目を閉じたまま語りはじめた。
「ここはつむぎが幽現界につくりだした刺繍地図の中。云わばダミー空間。云わば結界」
「幽現界? ダミー空間?」
「現世と霊界のはざまにあるのが幽現界。たとえば、そこには〈中有〉みたいに亡くなった人の魂が集うところもあるし、精霊や妖怪なんかが暮らす世界もあるんだよ」
……精霊とか妖怪って実在するのか。
「つむぎはその幽現界におよそ500年前の麻蒜間市を再現したダミー空間をつくりだした。それが刺繍地図」
「なるほど」
しかし、どうして500年前の麻蒜間市なんてものをつむぎが知っているんだろう?
「そもそもは2000年前、宇宙からやってきた邪神クンネセレマクをこの地に封印したことからはじまるの」
「邪神クンネセレマクって宇宙怪物だったのか」
「実体をもたない邪悪な霊体だから、ベムラーじゃなくてクトゥルーよりだけどね」
ぼくの冗談をつむぎがマニアックに否定した。




