第三章 守人神たち〈2〉
どうやら、ぼくも死んだと考えるのが妥当な線であるらしい。霊界で目覚めたばかりなので〈中有〉での記憶が一時的に飛んでいると云ったところだろう。
自分が死んだ実感こそわかないものの、死後の世界でもこうしてつむぎと一緒にいられるのなら、それほど悪くないのかもしれない。
心の中で自分にそう云い聞かせていると、ぼくのかたわらでつむぎの起きる気配がした。
「……あ、おはようトシくん」
「オハヨウ」
思わず返事が棒読みになる。
「ごめんね~。ゆうべはいろいろあって疲れたから、つむぎもいつの間にか寝ちゃってたよ」
つむぎは寝ぼけまなこでのっそり上半身を起こすと大きくのびをした。
これが安直なラノベだったら、つむぎは一糸まとわぬあられもない姿だったりするわけだが、きちんと生前愛用のネグリジェを身につけていた。現実はそんなに甘くない。
布団の中で微動だにしないぼくのようすに気づいたつむぎが小首をかしげてたずねた。
「あれ? どしたんトシくん?」
「……あ、いや。身体に力が入らない」
「え~っ!? うそうそどうしてっ!? つむぎはちゃんと寝てる間も霊魄をそそぎこんでたはずなんだよっ!」
狼狽したつむぎはかけ布団を乱暴にめくると、ぼくの身体へ馬のりになった。さすがにぼくも全裸ではなく、Tシャツにボクサーパンツと云うさしさわりのない姿だ。
「あれあれっ? おっかしいなあ? きちんと霊魄は補充されているよねっ?」
つむぎがぼくの額や胸に手をあててなにかをたしかめるようにひとりごちる。
「……お目覚めでございますかな? つむぎどの」
障子の外に座した人影が映り、一呼吸あって障子がしずかにひき開けられた。
えんがわの通路に座していたのは、渋い色味の着物姿で柔和な表情をうかべた長い白ひげの老人だった。
越後のちりめん問屋を名のり、全国各地で印籠をひけらかす面倒な旅をしているなつかしのTV時代劇のご老公を彷彿とさせる。
ふとんの上でぼくのマウントポジションをとり、身体に手をあてているつむぎの姿を目にしたご老体が完爾とほほ笑んだ。
「これは朝からご盛んですな。つむぎどのが上とは大胆な。……ここで一句。〈朝イチで、をのこまたがる、つむぎどの〉それでは、のちほどあらためて参りますゆえ、まずはしっぽりとお愉しみくだされ」
「ちょ、ちょっとなに云ってんの、酔笑さん!? お愉しみとかそう云うんじゃないから! ちゃんとトシくんに霊魄そそぎこんだのに、まだトシくん身体が動かないって!」
「ほうほう、なるほど。森崎どのの身体が動かないゆえ、つむぎどのが上になられた、と。アグレッシヴでございますな。グーですぞ、グー」
「だ~か~ら~!」
「ひょっほっほ、茶利でござるよ。どれ、それがしが診てしんぜよう」
頬を赤く染めてムキになるつむぎを軽くいなすと、酔笑とよばれた老人が部屋に入ってきた。つむぎがぼくの上から身体をどかす。
老人がつむぎと同じようにぼくの額や身体に手をかざすと云った。
「霊魄や愛情はたっぷりそそぎこまれておるようですじゃの。……ただ、人の身体はそれがしども霊体とは異なり、霊魄をそそぎこむだけではなく、経絡に沿わせて気の流れをつくってやらねばならないのでござるよ」
老人はぼくのうしろにまわって両わきへ手を入れると、ひょいとぼくの上体を起こした。
背中を何度か手のひらで強くこすると、ぼくの両手をバンザイさせて背骨にグッとひざを入れた。
ぼくの身体の中でバキベキボリメリッ! と、すごい音がしたと思ったら、身体に力が入るのを感じた。老人が手をはなしてもぼくは身体を起こしたままでいられた。手も動く。
「ありがとう酔笑さん」
つむぎがお礼を云ったので、ぼくも老人へ頭を下げた。




