第二章 死者からの(ムチャな)伝言〈3〉
「刺繍地図はあそこにかくしてあるの」
つむぎがベッドの足元にある壁面のクローゼットを指さすと、観音開きの扉が音もなく開いた。ぼくはベッドから腰を上げると、つむぎのあとからクローゼットへ近づいた。
「この上の板がはずれるようになっててね、そこに刺繍地図はある」
つむぎがクローゼットの内側へ身体をひねって手で押し上げると、クローゼットの天井の板がゴトリとずれた。しかし、そこにつむぎが刺繍地図とよぶ大きなシーツはない。
「ここにはないけど、本当のつむぎの部屋にはあるから」
ぼくがクローゼットの天井を確認したことをつむぎも確認するとクローゼットからはなれた。
天井の板がひとりでに閉まると、クローゼットの扉も自動的に閉まった。夢とは云え、つむぎもなかなか魔女っぽいことをする。
「で、つぎ。刺繍地図は2枚あって四隅を縫いとめてある」
ぼくがとりあえずうなづくと、つむぎがつづけた。
「表の刺繍地図のまん中に大きな木と小さな石の祠が刺繍されてて、裏の刺繍地図のまん中には美雲パークタウン中央の立体駐車場が刺繍してあるから、そのふたつの刺繍を金色の糸で縫いとめてほしいの」
「縫いとめるって、どう云う風に?」
「ふつうにボタンとか縫うみたいに、一ヶ所結んでくれるだけでよいよ」
そう云って腕を動かすつむぎのジェスチャーからかんがみるに、1回くるっと縫いあわせるだけでよいらしい。
「で、金色の糸はどこ?」
「あ、それはないから買ってきて」
「ないのかよ」
金色の糸と云われても、刺繍用とか裁縫用とか太さとかいろんな種類の糸があると思うのだが、
「金色だったらなんでもよいよ」
と、ざっくり云われた。専門外の買い物なので、ある程度こまかく指定してもらえる方がありがたいのだが、夢の中ではメモをとることもできないし、おぼえておく自信もない。
「で、最後に……」
「まだあるの?」
「どれも重要なんだけど、最後の最後が肝心かなめ」
口調ほど目が笑っていなかった。本気だ。
「つぎの満月の夜の午前2時。美雲パークタウン8号棟の屋上から、満月へ向かって刺繍地図をかざしてほしいの。それが成功すれば、もう美雲パークタウンで動機不明の自殺者はでない。〈呪いのツム子さん〉の呪いもおわる」
美雲パークタウン8号棟は、美雲パークタウンで南端のまん中へ位置するマンションだ。
しかし、連続自殺事件の影響で屋上への鉄の格子戸はガッチリ施錠されているはずだし、防犯カメラに屋上へしのびこむぼくの映像がのこるのも好ましくない。
「大丈夫だよ。そのへんは〈中有〉の桎梏から解き放たれた最強の魔法少女〈呪いのツム子さん〉がなんとかしてみせますって!」
エヘンとたいらな胸(先刻の触診における推定Aカップ)をはってみせるつむぎだが、根拠のない自信にぼくの不安がぬぐいさられることはない。
「あ、それとね。屋上へ上がる時は、かならずこれをもってって。つむぎの机のひきだしに入れとくから」
そう云ってつむぎがマントのそでからとりだしたのは、上半身が白、下半身が赤の折り紙でつくられた〈奴さん〉だった。それを机の右の1番上のひきだしへしまう。
さらに、つむぎはいつの間にか自分の左薬指に結んでいた緑の長い糸の端を、ぼくの左中指へ結びつけた。つむぎの指とぼくの指が赤い糸ならぬ緑の糸で結ばれる。
「一体なにを……?」
いぶかしむぼくにつむぎがこたえた。
「これはおまじない。……そう云えば、おまじないって漢字だとお呪いって書くんだよ」
「不吉なことを云うなよ」
つむぎが表情をあらためると念押しした。
「お願い。これはトシくんにしか頼めないの。これ以上、美雲パークタウンで罪のない人を死なせないためにもがんばって」
「わかった。できるかぎりのことはする」
「……もし成功したら、今度はちゃんとつむぎのおっぱい触らせてあげる」
「え!? あ、お、おまえなに云って……!?」
心なし頬を染めてうつむきがちにつぶやいたつむぎの大胆発言に、ぼくは思わず周章狼狽した。
すると、つむぎはそんなぼくに向かって手のひらをかえすがごとく、いたずらっぽくほほ笑んでペロッと舌をだした。
「ウソに決まってるでしょ。……トシくんのエッチ」




