Coco Ankcutal 旅の前半
今、僕は仕事をしていない。
つまり無職な訳だが、これからのことを考えるにあたり、多少ながらも外の世界を見ようと、旅に出ようと思い立った。
とは言っても、突然の思い付きによるものが多く、行く場所などに決まった予定はない。
旅といったが、なんのことはない。
見知らぬ土地に足を運ぶ程度の気ままなものだ。
じっと家にいてもどうしようもなく就活に対するやる気というものが浮かばなかったのだ。
「よいしょっと。」
僕はリュックを背負い、少し遠出してもいいように多めの所持金等を持ち、家を後にする。
空は青く、白い雲が流れるのを視界の端に捉えながら、歩き出した。
目の前に山が見えた。
僕の家はどちらかというと田舎の方だ。
電車というものはなく、ディーゼルエンジンで動く、いわゆる汽車が走っている。
電車なんてあるのは市内の方か都会にしかないと思っている。
ただ単にアスファルトの道を歩くのも味気ないと不意に思ってしまった。
どうせなら、山道でも歩いてみるのもいいかもしれない。
僕は山に入る上り坂を探し出し、「こんな道、誰が通るんだろう。」と思いながら登りだした。
歩いている途中で、周囲の雰囲気が何か変わったような感じがした。
もっと言ってしまえば、世界観が変わるような不思議な感覚が全身を通して感じた、というのか。
木漏れ日が頭上から落ちてくる山道をしばらく歩いていると、やがて開けた場所に出た。
そこには、なにやら遺跡のようなものがあった。
それは竹で建てられた遺跡だった。
崖壁にいくつもの、といっても小さな集落のように軒を連ねるもの、一軒で建っているものなんかが所々に建っていた。
何よりも、その建物の大きさが子ども一人入るのにも無理がありそうな大きさだった。
「・・・これは何かの模型か?」
そんなことを考えていたら、遺跡の資料館みたいな建物が、気が付けば視界の左隅に入った。
「っ!、あれ、こんな所にこんなのがあるの!?」
僕は訝しみながら入口の前まで行ってみた。
中にはガラスケースに標本のようなものが見て取れる。
入ってみてもいいのだろうか。
いや、それよりもこんなところで案内人の人が出てくるのだろうか。
それほど、建っている場所と建っている物とがアンバランスだった。
カランコロン・・・
中に入ると、客が入ってきたのが分かるように細工された、アンティークなインテリアが鳴った。
暫くすると、奥の方から人が出てくる気配を感じた。
しかし、現れたその人を見て、僕はビックリした。
それは、人というよりもウサギの耳を持った、まったく知らない生き物だったのだ。
「いらっしゃいませ、珍しいですね。」
しかも喋った。
容姿は、ウサギの頭をしていて、胸までがふわふわした白い毛で覆われている。
前腕がなく、ウサギの大きな後ろ足一本が胸下から生えていた。
伸長は60cmほどだろうか。
僕はビクビクしながら、この見たこともない生き物とのコンタクトを計った。
「こ、こんにちは。あ、あなたは・・・?」
するとその生き物は、人間の僕を見ても驚いた風ではないままで、答えた。
「こんにちは!私はそこの遺跡に住んでいた者の末裔です。
Coco Ankcutalへようこそ!」
僕はガラスケースの棚の方を見て、『Coco Ankcutal』という店の看板らしいものを視認した。
僕の考えだと、おそらくこの生き物は女性だろうと勘繰った。
声も高いし、なにより、この店の名前が彼女の名前なのではないかと思ったからだ。
彼女はぴょんぴょんと可愛らしく歩き、椅子に座った。
そして、ガラスケースの標本の方を向いて、過去を振り返るかのように語りだした。
「こういう昔話があるの。
私たちの祖先はね、もとは両足とも付いていたのよ。
だけどある時、頭から下の身体が縦に二つに分かれたの。
分かれた二つの身体は、男性と女性とにそれぞれなって、後から頭が分身するように分かれたの。
まるで、自分の意思で身体を二つに分けたみたいにね。」
僕は尋ねた。腕が無いのに不自由ではないかと。
そしたら、彼女は不思議そうに大きな長い耳を揺らしながら頭を傾け、言った。
「生まれた時からこの形なんだもの。気にしたこともなかったわ。」
異形な姿形をしている彼女に対して、僕は何故かその仕草に可愛いとさえ思ってしまった。
また、僕の姿を見て対して驚かない彼女を見て、人間慣れしているのかと思った僕は、こんな質問をしてみた。
「じゃあ、あなたは・・・僕みたいな人間を見てどう思ってるの?」
彼女はしばらく考えて、言った。
「みんな形は一緒でも、心と魂は違う形をしてるのよ。」
どうやら彼女は勘違いをしているらしい。
僕の言い方もいけない気がするが。
「違う違う、人間の姿をみて、あんまり驚いてないようだったから、気になって。」
そしたら彼女は、恥ずかしそうな、それでもって困ったような表情を作って―――もちろん、僕がそう感じたからだけど―――話し出した。
「ご、ごめんなさい!あ、えと、あなた以外にも人間の方が来るから、驚いたりしないわ。」
どうやら僕以外にも人間がここに来たことがあるらしい。
なら、どうしてある程度の認知度がないのだろうか。噂にだって聞いたことない。
彼女は言葉を付け足した。
「とは言っても、あなたみたいな人は初めてですよ。」
え、どういう意味で言っているんだろう?
「私は、これから先の将来がないんです。
もう、最後の一人となってしまった私には、夫となる人も、子孫もいないんです。
これからは、私みたいな種がいたという事実を、伝えることしかできないんです。」
彼女は寂しそうに、頭をうなだれながら言った。
そして再度、ガラスケースの方へと頭を向けた。
ガラスケースの中には、標本のようなものが置いてある。
名前の見出しが足元のプレートに書かれていた。
『Coco Ankcutal』
そう、彼女のこれからの行き先はあの中だ。
まるで、今ここにいる彼女の運命をガラスケース越しに見ているかのような光景だった。
「あなたには、まだ未来があるわ。だから、前に進めるのよ。」
彼女の声が心に突き刺さる。
「私には、ここに留まって店の前を通る人たちを見守ることしかできないの。
でも、あなたのような人が来てくれて嬉しいわ。
私のこと、忘れないで。」
僕は椅子から立ち上がり、自然と込み上げてくる涙を堪えながら、彼女に礼を言った。
「・・・ありがとう。」
振り向き、店を出ようと足を進めると背後から見送られながら、彼女も言った。
「さようなら。後ろから見守ってるわ。」
そうして、店から出て日の当たる外界へと、歩き出した。




