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小さな王さまと終わらずの冬

作者: 早海和里

――それは、セドリックが王様になって初めての冬のことでした。


 その年の冬は、特別に雪が多く、小さな王国はすっかり真っ白な雪の下に埋もれてしまいました。「早く春が来ないかねぇ」王国の人たちは、お互い顔を合わせるたびに、そんな挨拶を交わします。それでも、もうじきに春の女王様がやってきて、この雪は消え、木々は芽吹いて花も咲き揃う。そんなあたたかな春がこの国に訪れる。人びとは誰一人として疑うことなく、そう信じていました。だって、それが毎年くりかえされる当たり前のことだったからです。


 ところが、その年――セドリックが王様になって初めての冬は、いつまでたっても終わりませんでした。春の女王様がやって来なかったからです。


 この国の季節は、四人の季節の女王様がつかさどっていました。国の最北にある四季の塔に、季節の女王様が訪れることで、次の季節がはじまるのです。春の女王様がやって来なければ、冬の女王様は塔から出ることは出来ないのです。神様が世界をそういう風に作られたのですから、それはたとえ王様であっても、どうすることも出来ないことでした。



「どうして春の女王はやって来ない?」

 不機嫌な声でセドリック王がそう問いかけると、御前にかしこまっていた臣下のヒューバート伯爵が困ったような笑みを浮かべて言います。

「どうしてでしょうねぇ……」

 一日に何度も繰り返されるこのやり取りに、問う方も問われる方も、いい加減うんざりしていました。

 それまで当たり前に行われていた季節の巡りです。なぜそういう風に季節が巡るのか、人々は考えたことなどなかったのです。だって、神様がそういう風に世界をお創りになったのですから、自分たちが考えなくても、季節は巡るし、冬の後には必ず春が来たのですから。


 新しく即位したセドリック王は、まだ十才の少年でした。利発で聡明で、人々からも慕われる王子でしたが、国王としてはまだまだ未熟と言わざるを得ませんでした。それは、セドリック自身も良く分かっていました。それでも、自分が即位した途端、春が来ないという事態に、やりきれない思いで一杯でした。


――自分が至らないせいで。


 そんな思いが日々募っていきます。冬が長くなるにつれて、「もしかして、これは新しい王様のせいなのでは?」という声が少しずつ上がり始め、いつしかそれは、セドリックの耳に届くまでになりました。


 何か手を打たなければと、苦し紛れに出した「冬の女王様と春の女王様を交代させることが出来た者には、褒美を取らす」というお触れも、全く効果がありませんでした。褒美欲しさに、四季の塔へ向かった勇者は何人かいたらしいのですが、いずれも雪に閉ざされた山深い場所にある塔まで辿りつけずに、むなしく戻って来たのでした。


「どうして春の女王はやって来ない……」

「……どうしてでしょうねぇ」


 ため息交じりに、また今日もそんな会話が繰り返されます。

 窓の向こうに降り落ちる雪を眺めながら、ふと、いつもと違う言葉がセドリックの口から零れ落ちました。


「そもそも春の女王は、どこにいるんだ?」

「……はて。どこでしょう」

 ヒューバートが首を傾げます。いつも気が付けば季節は変わっていたのです。四季の塔の伝説は誰もが知っていましたが、実際に、季節の女王を見た者はいませんでした。女王の交代の儀式も、自分たちの知らない所で、いつもいつの間にか行われていたので、それがいつどのように行われているのか、実際に知っている者はいなかったのです。


「……まずは、そこからか」

 セドリックは、国じゅうから博士と呼ばれる偉い人を集めて意見を聞きました。王国の図書館にも行き、季節の女王についての記述を探します。そうしてようやく、セドリックは古い文献に辿りつきました。

 

――この国の季節は、四季家エスタシオンの四姉妹によってもたらされるものである。


 文献によれば、エスタシオン家は古くは呪術師として王国に仕え、この国の様々な祭祀のしきたりを定めた家柄でした。今では忘れ去られたその名前を、王家の人間であるセドリックもまた知りませんでした。

「それで、エスタシオンというのは、今も残っているのか?」

「一応、国の家名録には残っていますが、これの一番最後の記述がもう百年以上も前のものですから、今もあるのかは……どうですかね……」

 ヒューバートが眉間に皺を寄せて自信なさげに答えます。

「それでも、去年までは間違いなく春が来ていた。夏も秋も、そして冬もだ」

 きちんと季節が巡っていたのだから、エスタシオン家は今も実在している筈だというセドリックの主張に、ヒューバートも頷きを返しました。

 こんなに一生懸命で熱心な王様の元に、春が来ない筈がない。笑顔でセドリックを見守るヒューバートには、そんな確信がありました。


「行くぞ、ヒューバート」

「はい、陛下、我らの手で春を捕まえに参りましょう」





 降りしきる雪の中二人は馬に乗り、数人の護衛を引き連れて、文献にあったエスタシオン家の屋敷を目指します。果たしてその屋敷は、森の入り口に近い、雪原の端にひっそりと佇んでいました。


 その屋敷の古めかしい造りは、年代を感じさせるもので、雪のせいか物音ひとつなく、人の気配もありません。大きな鉄製の門は施錠されておらず、一行は騎乗のまま、庭と思しき中をそのまま進みます。それでも庭に荒れ果てた印象はなく、門から玄関に至るアプローチの雪がきれいにかかれているのを見れば、この屋敷がきちんと人のてによって手入れがされているのだと分かります。

 解決への糸口がありそうだという思いに、気持ちが急いていたのでしょう。セドリックは玄関ポーチに降り立つと、自ら大きな扉を勢いよく叩きました。気配を伺うようにして少し間を置きながら、数度それを繰り返した所で、ようやく扉が開きました。


 そこにいたのは、まだ幼い、セドリックと同じ年の頃のメイド服をまとった少女です。扉の外にいた物々しさを感じる一行を見て、怯えたような目をして声を失っていました。

「この館の主人はいるか?」

「……あの……ここにはおりません」

 セドリックの問いに、少女がおどおどしながら答えます。

「では、誰か話の出来る者は?」

「……あの……ここには、わたしひとりなので……」

「一人?……バカな。この広い屋敷に、そなた一人きりだというのか?塔に詰めている冬の女王はともかく、他の季節の女王は、ここにいる筈ではないのかっ」

 思わず強い口調になったセドリックに、少女が身を竦めます。

「陛下、そんなに大きな声を出されたら、娘がこわがります」

「あ……ああ……すまない……」

 ヒューバートに指摘されて、セドリックが気を落ち着かせるように、短く息を吐き出しました。

「……あのっ……陛下……あなたは、セドリック陛下なのですか?」

 少女が祈るように両手を胸の前に掲げて、そう訊きます。それに頷き返すと、少女は感極まったように、目に涙を溜めながら言いました。

「ならばどうか……どうか女王様をお助け下さい」



 雪に閉ざされた山道を、雪を掘り進めながら、兵士たちが少しずつ進んでいきます。

「どうしてこんなに辺鄙な場所に、塔を建てたりしたんだ」

 呆れるほどゆっくりとしか進まない作業に、さすがに我慢強いセドリックの口からも、ついつい愚痴めいた言葉が出ます。

「神聖な場所というのは、まあ、そういうものですよね。人の世界から離れて、より神様に近い場所を求めた故、でしょうか」

「分かるけどさぁ……」

 ため息交じりに出る呟きは、いつしか十才の子供のものになっていました。そんな様子をヒューバートは微笑ましく見ています。


……大丈夫、この少年は、ちゃんとあなたの跡を継いで、立派にやっていけます。まだ小さいけれど、もうきちんと王様ですから。


 天に向かって、今は亡き友に告げます。


……だから、すこしおまけして、雪を止めてやってくれないかな。


 そんなヒューバートの祈りが通じたのかは分かりませんが、その日の午後、ずっと止むことの無かった雪が止みました。

 そして、どうやら王様は、雪の中から四季の塔を掘り起こそうとしているらしいという話が街に伝わると、「春が来なけりゃ、どうせ他にやることがないんだから」と、一人、また一人と、人々が集まり始めて、いつしか国じゅうの人間が雪かきをしにやってきました。


 そして気付けば、彼らの目の前に、その塔は姿を見せたのです。


 それは、特別なことなど、どこにもない、石造りの質素な塔でした。これが神聖な四季の塔なのかと、人びとは固唾を飲んで、彼らの王様が塔の入り口に立つのを見守りました。王様は、様子を伺うように軽く数度、扉を叩きます。そこになんの返事がないことを確認して、そっと扉を押しました。扉はゆっくりと開いて行きます。が、

「ん……?」

 王様が顔をしかめて扉を確認します。

 開きかけた扉は、しかし、開ききることが出来ずに、途中までしか開きません。

「……何か……引っかかってるよ、ヒューバート」

「ああ……ですねぇ……これはまた……先は長そうだ」

 ヒューバートが苦笑しています。

「神聖さのかけらもないんだけど……」

「ですよねぇ……」

 扉の隙間から見えた塔の中の様子に、どこかガッカリしたような声をあげた国王に、ヒューバートは笑いを押し殺しながら、兵士を呼んで、扉を無理やり押し開けました。


――その後、足の踏み場もないほどに散らかり放題だった塔の中で、高熱を出して寝込んでいた冬の女王が保護されたのです。



 その冬の女王の名は、イヴェール・エスタシオンといいました。

 エスタシオン家の四女で、年は十二才。にもかかわらず、エスタシオン家の現当主だといいます。つまり、現在、エスタシオンの名を継いでいるのは、彼女ひとりだけで――


 どうやら、今回の「終わらずの冬」は、そんなエスタシオン家ののっぴきならない事情から引き起こされたものだったようです。


「春から秋担当の、お年頃の三人のお姉様がたが、次々にお嫁に行かれてしまったというのが、そもそもの原因だったということか」


 四季を司る力を継いでいくために、自分たちの後継者を作るために、エスタシオン一族である彼女たちにとっては、恋は最も優先されるべき事柄でした。そうでなければ、四季が巡らなくなってしまうのですから。


「それにしても、もう少し、お互い融通しあって時期をずらすとか、考えなかったのか」

「恋に落ちてしまったら、そんな風に冷静にはいられないものですよ、陛下」

「……そんなものか」

 まだそういう話とは縁のないセドリックは、興味深そうに聞きます。

「そんなものです。まあ、ここまで重なることはなくとも、四季の女王が一人二人いないことは、そう珍しいことではなかったようですし、これまでも、その辺は上手に補いあってきたので、今回も何とかなるだろうと……結果、このような事態を引き起こしてしまったことは、見通しが甘かったと言わざるを得ませんが」

「……甘い、か」

 セドリックが、ふぅと溜息をつきます。

 大人の理屈ではそうなのでしょう。


――それでも、あの子は、頑張ったんだ。たった一人で。去年の春から、ずっと。自分には、ヒューバートがいてくれた。でも、あの子には、誰もいなかった。巡る季節を一人で回して。頑張って、頑張って、頑張りぬいて、あげく過労で倒れた彼女を、誰が責められる。国王のくせに、そんな風に一人で頑張っていた彼女の存在すら知らなかった自分の方が、ずっと罪が重いと思う。


「私も、甘いと言われないように、頑張らなくてはな……それで、イヴェール嬢の容体は?」

「ああ、それはもう、陛下のご命令どおりに、手厚い看護をしておりますから、もう心配はいらないと、先ほど侍医から報告がありましたよ」

「そうか……それはよかった」

「たぶん来週には、春が来ますよ」

「そうか」

 柔らかい表情で、ふっと笑ったセドリックの顔を見て、ヒューバートもまた、笑みを浮かべます。


――陛下の心にも、春が来ますかねぇ。


 雪に閉ざされた小さな王国の雪解けは、もう間もなくです。




【 四季家の四姉妹 完 】



お読み頂きありがとうございました。四姉妹ネタはまあ、ありがちかな~と思いつつ、お祭りに参加したい一心で書きました(笑)感想とか頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 四季姉妹ネタは読みすぎて消化不良ぎみだったのですが、一風変わった視点で描かれていて、大変面白かったです。 綺麗な文章ですね。 次回作楽しみにしております。
2016/12/06 20:00 退会済み
管理
[良い点] てっきりお姫様たちの生活模様が描かれるものと思いきや、主役は王様。それも、いささか歳が若く、民を導くより、周りに支えられていくような少年―寝込んでいたお姫様が助けられたことも含め、登場人物…
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