極彩色
怪しい影を追い、ライアスが鍾乳洞内に入った頃。ハクは誘拐犯の男二人と対峙していた。
もはや完全に水蒸気の霧は霧散し、ハクの目には苛立ちを募らせる闇精族の男と、鋭い眼光を光らせる狼人族の男が映っている。
「おいおいおいおい……。えぇ? 坊や達。随分と大人をからかってくれるじゃないの……!!」
静かな怒気を孕んだ声を発しながら、闇精族の男の肌が徐々に赤みを帯びていく。
「旦那、このガキは俺がやっちまっても?」
「……好きにしろ」
狼人族の男は目を伏せながら、相方の凶行を承諾する。
「くくく……!! じゃあ坊や。俺とちょっくら遊ぼう……かぁぁっ!」
顔を歪んだ笑みで満たす闇精族の男は、短刀も小型の弓も使わず、感情に任せるままハクに向かって突進する。
襲いかかってくる男を目の当たりにしたハクは息を呑み、急いで回避を試みる。しかし、子どもの足でそれを避け切れるわけもなく、男の膝蹴りが自身の腹部に直撃してしまう。
「ぅっ……!!」
腹部から全身に走る激痛と共にハクは吹き飛ばされ、すぐ真後ろの石柱に背中から激突した。気を失うまでには至らなかったが、激しい鈍痛がハクの体を締め付ける。
「いいザマだなぁ……、くくく……!」
闇精族の男は、ハクの苦痛に歪む表情を見ながらにやにやと笑っていた。
—— — — —
二人の被害者を背から降ろし、レントに預けたラド。振り向いた先でハクが蹴飛ばされるのを確認するや否や、取り残された弟を助けるため、その翼を力強く羽ばたかせた。
(あいつ……! 絶対に許さない!!)
怒りに身を任せ、自身の出せる最大のスピードでハクの元へと向かうラド。風を切りながら飛翔し、ハクとの距離を猛スピードで縮めていく。
そして、闇精族の男をすぐ目の前にまで捉えた、その時。
ラドの頭の右側に、猛烈な衝撃が走った。不意に訪れた衝撃に耐え切れず、ラドは左側の壁へと吹き飛ばされてしまう。
壁に激突する音が鍾乳洞内に響き渡ると、続け様に低い淡々とした声がラドの頭上から降り注ぐ。
「……そう簡単に行かせると思うか」
全身を覆う鱗のお陰で、幸いにもあまり痛みが無かったラド。声がした方を見上げると、そこには無表情で佇む狼人族の男の姿があった。
どうやら、横を飛んで通り過ぎようとしたところを、この目の前の男が空中蹴りで妨害してきたようである。
狼人族はその特徴として、聴力と身体能力に優れる。その中でも特に脚の筋肉が発達しており、単純な足の速さ、跳躍力、そして戦闘においては足技を得意とする種族なのである。
「ほう……。ガキとはいえ、竜族なだけはある」
少しだけ笑みを浮かべた狼人族の男は、ラドの目の前で垂直に跳躍する。そして、空中で縦に回転し、そのまま踵落としをラドの顔面に向けて放つ。
危険を察知したラドだったが、すかさず繰り出された攻撃に対応することができない。男の踵落としが、ラドの脳天に命中する。
回転による遠心力も加算された攻撃に、ラドは勢いよく顔を地に叩きつけられてしまった。
「ぐっ……!」
顔を地に伏しながら、ラドは懸命に頭を上げようとする。しかし脳天に直撃した衝撃により、視界が揺れ、急激に催した吐き気に意識を支配されてしまう。
(くそっ……! このままじゃ、ハクが……!!)
「まだ意識があるのか。……もう時間が無い。すぐに眠らせてやる」
狼人族の男は冷酷に満ちた声を口にすると、再びラドに向けて足技を繰り出し始めた。
—— — — —
「旦那もすっかりスイッチが入っちまったなぁ」
相方が楽しみ始めたのを見て、闇精族の男はいやらしい笑みをより一層強いものにした。目の前ではビジネスの邪魔をした白髪の少年が、苦悶に満ちた表情をしている。
しかし、こんなものでは男の怒りは収まることはない。
「じゃあ坊ちゃん、そろそろ俺達もパーティーを始めようか!」
闇精族の男は声高にそう告げると、まるで演技のように頭上を仰ぎ両手を広げる。そして、顔だけを下げてハクと視線を合わせると、心底愉快そうな表情で気を練り始めた。
咳を交えながらなんとか呼吸を続け、ハクは涙目を開き闇精族の男を睨みつける。
すると、ハクの目の前でにやにやと笑う男が二人、三人、とまるで手品のように分裂を始めた。
突然目の前で増殖する男達にハクは驚愕する。
そして、十人にまで増えた闇精族の男は短刀を構えてハクに語りかけた。
「さぁさぁ……一体どれが本物か……坊ちゃんに……分かるかなぁ?」
一斉に喋る男達の声が、立体的な音となってハクの鼓膜を震わせる。
闇精族の男は短刀を振りかざし、四方八方からハクに向けて襲いかかった。
—— — — —
まどろんだ世界の中で、誰かの声が聞こえる。
暗い世界の中で、誰かが私を呼んでいる。
焦った声。必死な声。
鳥達の声ではない。友達の声でもない。
……私を呼ぶのは誰?
—— — — —
「おいっ! 起きろよっ!」
レントは未だ眠り続ける二人の少女を起こそうとする。ディオネも、もう一人の少女も、呼びかけても返事は無かった。
「ハクとっ、ラドがっ……!!」
ハクとラドの戦闘は、遠すぎて見ることは敵わない。しかし、時折聞こえてくる振動や音に、レントは只ならぬ事態が発生していることを感じていた。
レントは何度も呼びかけ、何度もその二つの体を揺する。
ディオネは依然として眠ったままだったが、もう一つの布に包まれた人物が、もぞもぞと動き始めた。
レントはその様子に気付き、再び体を揺すって話しかけ、起こそうと試みる。
「早くっ! 起きろよっ!!」
そして少女はついに目を覚まし、その閉じられた瞼を開いた。
「……?」
まだ意識が覚醒していないのか、少女は呆けた様子で瞬きを繰り返している。
「やっと起きたか……! この布取ってやるから、お前は早く外へ逃げろ!」
多少の恥ずかしさを意識の外へ出し、レントはその少女の体と手足を拘束している布を解く。
布を解き、少女の体が露わになる。
拘束を解かれたその少女は、美しい、美しい、黄色と橙色の極彩色に彩られた翼を、目一杯に広げた。




