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竜の咆哮  作者: 春日 智英
幼少期
28/34

極彩色

 怪しい影を追い、ライアスが鍾乳洞内に入った頃。ハクは誘拐犯の男二人と対峙していた。

 もはや完全に水蒸気の霧は霧散し、ハクの目には苛立ちを募らせる闇精族(あんせいぞく)の男と、鋭い眼光を光らせる狼人族(ろうじんぞく)の男が映っている。


「おいおいおいおい……。えぇ? 坊や達。随分と大人をからかってくれるじゃないの……!!」

 静かな怒気を(はら)んだ声を発しながら、闇精族(あんせいぞく)の男の肌が徐々に赤みを帯びていく。


「旦那、このガキは俺がやっちまっても?」

「……好きにしろ」

 狼人族(ろうじんぞく)の男は目を伏せながら、相方の凶行を承諾する。


「くくく……!! じゃあ坊や。俺とちょっくら遊ぼう……かぁぁっ!」

 顔を歪んだ笑みで満たす闇精族(あんせいぞく)の男は、短刀も小型の弓も使わず、感情に任せるままハクに向かって突進する。


 襲いかかってくる男を目の当たりにしたハクは息を呑み、急いで回避を試みる。しかし、子どもの足でそれを避け切れるわけもなく、男の膝蹴りが自身の腹部に直撃してしまう。


「ぅっ……!!」

 腹部から全身に走る激痛と共にハクは吹き飛ばされ、すぐ真後ろの石柱に背中から激突した。気を失うまでには至らなかったが、激しい鈍痛がハクの体を締め付ける。

「いいザマだなぁ……、くくく……!」

 闇精族あんせいぞくの男は、ハクの苦痛に歪む表情を見ながらにやにやと笑っていた。


 —— — — —


 二人の被害者を背から降ろし、レントに預けたラド。振り向いた先でハクが蹴飛ばされるのを確認するや否や、取り残された弟を助けるため、その翼を力強く羽ばたかせた。

(あいつ……! 絶対に許さない!!)


 怒りに身を任せ、自身の出せる最大のスピードでハクの元へと向かうラド。風を切りながら飛翔し、ハクとの距離を猛スピードで縮めていく。

 そして、闇精族(あんせいぞく)の男をすぐ目の前にまで捉えた、その時。


 ラドの頭の右側に、猛烈な衝撃が走った。不意に訪れた衝撃に耐え切れず、ラドは左側の壁へと吹き飛ばされてしまう。

 壁に激突する音が鍾乳洞内に響き渡ると、続け様に低い淡々とした声がラドの頭上から降り注ぐ。

「……そう簡単に行かせると思うか」


 全身を覆う鱗のお陰で、幸いにもあまり痛みが無かったラド。声がした方を見上げると、そこには無表情で佇む狼人族(ろうじんぞく)の男の姿があった。

 どうやら、横を飛んで通り過ぎようとしたところを、この目の前の男が空中蹴りで妨害してきたようである。


 狼人族(ろうじんぞく)はその特徴として、聴力と身体能力に優れる。その中でも特に脚の筋肉が発達しており、単純な足の速さ、跳躍力、そして戦闘においては足技を得意とする種族なのである。


「ほう……。ガキとはいえ、竜族なだけはある」

 少しだけ笑みを浮かべた狼人族(ろうじんぞく)の男は、ラドの目の前で垂直に跳躍する。そして、空中で縦に回転し、そのまま(かかと)落としをラドの顔面に向けて放つ。


 危険を察知したラドだったが、すかさず繰り出された攻撃に対応することができない。男の(かかと)落としが、ラドの脳天に命中する。

 回転による遠心力も加算された攻撃に、ラドは勢いよく顔を地に叩きつけられてしまった。


「ぐっ……!」

 顔を地に伏しながら、ラドは懸命に頭を上げようとする。しかし脳天に直撃した衝撃により、視界が揺れ、急激に催した吐き気に意識を支配されてしまう。

(くそっ……! このままじゃ、ハクが……!!)


「まだ意識があるのか。……もう時間が無い。すぐに眠らせてやる」

 狼人族(ろうじんぞく)の男は冷酷に満ちた声を口にすると、再びラドに向けて足技を繰り出し始めた。


 —— — — —


「旦那もすっかりスイッチが入っちまったなぁ」

 相方が楽しみ始めたのを見て、闇精族あんせいぞくの男はいやらしい笑みをより一層強いものにした。目の前ではビジネスの邪魔をした白髪の少年が、苦悶に満ちた表情をしている。

 しかし、こんなものでは男の怒りは収まることはない。


「じゃあ坊ちゃん、そろそろ俺達もパーティーを始めようか!」

 闇精族あんせいぞくの男は声高にそう告げると、まるで演技のように頭上を仰ぎ両手を広げる。そして、顔だけを下げてハクと視線を合わせると、心底愉快そうな表情でプラーナを練り始めた。


 咳を交えながらなんとか呼吸を続け、ハクは涙目を開き闇精族(あんせいぞく)の男を睨みつける。

 すると、ハクの目の前でにやにやと笑う男が二人、三人、とまるで手品のように分裂を始めた。


 突然目の前で増殖する男達にハクは驚愕する。

 そして、十人にまで増えた闇精族(あんせいぞく)の男は短刀を構えてハクに語りかけた。

「さぁさぁ……一体どれが本物か……坊ちゃんに……分かるかなぁ?」

 一斉に喋る男達の声が、立体的な音となってハクの鼓膜を震わせる。


 闇精族(あんせいぞく)の男は短刀を振りかざし、四方八方からハクに向けて襲いかかった。


 —— — — —


 まどろんだ世界の中で、誰かの声が聞こえる。


 暗い世界の中で、誰かが私を呼んでいる。


 焦った声。必死な声。


 鳥達の声ではない。友達の声でもない。


 ……私を呼ぶのは誰?


 —— — — —


「おいっ! 起きろよっ!」

 レントは未だ眠り続ける二人の少女を起こそうとする。ディオネも、もう一人の少女も、呼びかけても返事は無かった。


「ハクとっ、ラドがっ……!!」

 ハクとラドの戦闘は、遠すぎて見ることは敵わない。しかし、時折聞こえてくる振動や音に、レントは只ならぬ事態が発生していることを感じていた。

 レントは何度も呼びかけ、何度もその二つの体を揺する。


 ディオネは依然として眠ったままだったが、もう一つの布に包まれた人物が、もぞもぞと動き始めた。

 レントはその様子に気付き、再び体を揺すって話しかけ、起こそうと試みる。

「早くっ! 起きろよっ!!」


 そして少女はついに目を覚まし、その閉じられた瞼を開いた。

「……?」

 まだ意識が覚醒していないのか、少女は呆けた様子で瞬きを繰り返している。


「やっと起きたか……! この布取ってやるから、お前は早く外へ逃げろ!」

 多少の恥ずかしさを意識の外へ出し、レントはその少女の体と手足を拘束している布を解く。


 布を解き、少女の体が露わになる。


 拘束を解かれたその少女は、美しい、美しい、黄色と橙色の極彩色に彩られた翼を、目一杯に広げた。

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