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朝。

 僕の通常の通学手段は電車である。


 中途半端な田舎の家から本格的田舎の高校に通っているだけなので、都会の高校生には身近であろうぎゅうぎゅうの満員電車とか事故であるとか、そういうものとは縁遠い。

 朝の一番混んでいる時も荷物を床に下ろしておけるぐらいなのだ。ただし1回乗り遅れると次が来るまで30分~40分待ちで、それがこの県の高校生を泣かせていると言えば、僕も泣いたことがあるかも知れない。


 僕の通う普通科高校は超田舎にありながら進学校(笑)と名乗っているので、毎月2回、土曜日には午前中に授業がある。

 土曜日は土日運休の電車以外の時間帯に合わせようとするのが当然で、だから車内は同じ制服率が高い。

 だかおにぎりに混ぜ込んだワカメみたいな頻度で同じ方面に学校があるS校生もいる。県内ではブレザーの制服はちょっと珍しいので目立つ。しかも緑色だし。本当にワカメだ。


 その日も常のように電車を待って、そして来て、乗り込んだ。

 出来るだけ手すりの近くに寄って学生鞄を下ろすと、女子力バスケ部の生徒が固まっていた車両だったようで、そのうち数人が僕に気付いて視線が合う。

 僕は中学生時代はバスケ部に所属していて、高校に入ってからも何度か部活の見学に行っていたので彼女達とは結構顔見知り度が高いのだ。同じクラスに女子バスケ部が多いのもある。

 黙礼のように視線だけの挨拶をした後で、床に下ろした鞄から文庫本を取り出して開く。

 うーん。電車の中で1人文庫本を読んでる高校生って自分で言うのもなんだけど堅い感じがして話しかけ辛そう。

 とかなんとか思いながらページを捲る。

 このとき読んでいたのは小野不由美の「屍鬼」だったような気がする。確か3巻あたり。

 今思えば朝から胃もたれのしそうなチョイスだった。


 5分ほど経過してk駅に着く。S校生は皆ここで降りる。白米だけになる。

 少し詰まっていたスペースにゆとりが出来て、ようやく車内に冷房が着いていることを実感する。どうでもいいけど夏服は生地が薄いから一旦出た汗が肌に張り付いて嫌いだ。

 皺になりやすいし体の形もはっきり出るし。


 それはさておき。


 少し違和感なくらいの時間が流れた。

 あれ?と顔を上げる。S校生がみんな出た後でもドアが閉まらないのである。

 面白いもので、違和感の正体に気付いていない人間が揃って同じような仕草や挙動をするものだから、違和感の正体となっているものの存在には割と早く気付く。

 S高校の女子がちょうど僕のいる車両のドアの外側の、すぐ近くに立っていた。内側の方では私服姿の男性がちょっと困ったように何故か車内の人間の顔を見回していて、その「え、僕手伝わないとだめ?」と言うような感じの表情を浮かべている。

 よく見るまでもなく、その女子高生の薄いパスケースが、両側に開いたドアがそれぞれ車両の収納されるその隙間に、入り込んでいるのだ。

 ドアと車両に挟まれて抜けないらしい。

 なんでまたそんなところに挟まるんだそんなのが。

 と僕は本から目を上げながらも小野不由美の文字列に囚われたテンションでそれを傍観している。

 そのテンション故に、同じ車両に乗っていて僕よりドアに近い場所にいながら、僕と同じように傍観を決め込むという人間の行動にちょっと感激する

 なんで手を貸さないのこいつら。


 また奇妙な時間が流れたが、今度は違和感ではなく焦燥とか困惑とか罪悪感とかに満たされた数秒だった。

 僕は心中で嘆息してパスケースを引っ張る女子高生のところまで行き、それがぴったりと密着してどうにも抜けないのを確認してから「駅員の人呼んできますね」と言い残した。


 このとき僕の頭の中にあったのは

「こういうことすると目立つから嫌いだ痛いヒーロー気取りを見る視線も少し自分の行動に陶酔感を覚える自分も嫌なんだから近くにいるやつとかがなんとかしてやれよ」

 という苦々しい気持ちだけであったことを、同じ車両にいた人間に怒鳴りつけられなかった代わりに、ここに書いておく。



 この僕の行動から、乗っていた電車が無事にk駅を出るまでのおよそ30秒の間の出来事は、どこか教訓めいていて、もしそれが教訓であるならば僕に対する酷い皮肉であると思う。


 駅舎に辿りついて、そこに居た駅員に「女の子のパスケースが車両のドアが収納される隙間に差し込まれて抜けない」というように伝えた。駅員は訝しげな顔をしながらも着いてきた。

 そのとき「すいませんー!」と声が掛かって、見てみれば車両の方から手に持ったパスケースを掲げて走ってくる女子学生の姿と、

「...あ」

 パスケースが抜けたことで無事発車を達成した鈍い銀色の後ろ姿があった。


 は?「あ...」

 それは、はあ?(疑問形)で、はぁ(嘆息)で、は?(呆然)で、あ(驚愕)だ。


「ごめんなさい、抜けました!ありがとうございます」

 あ、あうん。良かったね。僕本当に何もしてないんだけどね。お礼が逆に刺さるよどういたしまして。

 僕はそのときの感情をどう定めてどう名付けるべきか悩んでとりあえず「恥ずかしい」とネーミングしてみた。

 しっくりくる。


 結局駅員を呼んだところで、どう助けになるかも分からなかったじゃないかと気付いた時には、ただ僕は黙って見てるという自分の行為に嫌気があっただけだったことにも気付いていたので、同じ車両に乗っていた人間に対する怒りとかまぁそんな感情も消えている。


 それにしてもいつもより1本早い電車で来てよかったなぁ。

 僕はちょっと周囲の視線を気にしながらも文庫本を開く。

先週くらいの出来事でした。

あんなところに物が挟まるものなんですね〜。

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