エリンとオリバー
ある小さな村に、貧しい男女がいた。
女の名はエリン。男の名は、オリバー。
二人は、何よりも互いを愛していた。
二人は、出会ってから二年後に婚約した。
足下には、雪の間から二人を見上げるようにスノードロップが咲いていた。
、二年ほど経ったある日。二人は、子供を授かりたいと思い始めた。
二人は、我が子には普通の暮らしをしてほしい、と思っていた。
だが、今の状態では普通の暮らしどころか、学校にすら行けたものではなかった。
なんとしてでも、子供に無理をさせたくない二人は、次の日から今まで以上に働くようになった。
二人は、どんなにつらくても不満をこぼすことはなかった。
そんな生活を始めてから、三回目の春を迎えた。
だが、まだ夫婦の間には子供は出来ていなかった。
今まで弱音を吐いたことのなかったエリンの頬を、一滴の水が伝う。
エリンは、オリバー。
「どうして、どうしてなの。なぜ私たちは、子供を授かることができないの」
オリバーは泣き叫ぶエリンを優しく抱きしめ、ゆっくりと言いました。
「大丈夫さ。きっと神様は、まだその時では無いとおっしゃっているんだ。明日、神に僕たちの願いを伝えようじゃないか」
オリバーに言われて冷静さを取り戻したエリンは、静かにうなずきました。
次の日、夫婦は教会を訪れました。
二人は強く願いました。
「神様、どうか私たち夫婦に、子供を授からせてください」
すると、その夜。夢の中に天使が現れ、二人に語りかけ始めました。
「神は、あなた方の願いを聞き入れてくれました。明日、この村の教会に来なさい。神があなた方夫婦を、導いてくれるでしょう」
その言葉が終わった途端、エリンとオリバーは飛び起きました。
そして、夢の内容を確認し合い、共に涙を流しながしました。
早朝、夫婦は昨日と同じ教会に向かいました。
まだ朝早いので、村は不気味なほどひっそりとしていました。少しでも気を抜いたならば、たちまち闇に飲み込まれてしまいそうです。
エリンは、不安そうにオリバーに尋ねました。
「オリバー、私たちは子供を授かることができるのかしら」
オリバーは、優しい表情で答えました。
「大丈夫さ。僕たちの夢に出てきた天使が言っていただろう。神が願いを聞き入れてくれた、って」
「そ、そうね。きっと、大丈夫よね」
オリバーに言われても、エリンにはまだ不安が残っていました。
家を出てから、五分ほど経った頃。少し先に、教会の屋根が見えてきました。
それが見えた途端、エリンは教会にいきたくなくなってしまいました。エリンには、教会が恐ろしい魔物が住むお城のように見えたのです。
エリンはこのまま教会に行ったら、もう二度とオリバーと会えない気がしました。
エリンは、このまま教会にいってもいいのかしら、と考え込みました。
そのとき、夢に出てきた天使がエリンに語りかけはじめました、
「エリン、神」。エリンは神がそんなことをするはずがない、と思い直した。エリンは、オリバーについて行った。
しばらくオリバーについて行くと、エリンはだんだん気怠くなってきた。歩を進めるたびに、気怠さは強くなっていく。
まるで、教会に生命力を吸い取られているようだった。
エリンは、だんだん足取りが重くなってきた。
いつもとは違うエリンの様子を不思議に思ったオリバーは、エリンに問いかける。
「エリン、なんだか様子がおかしいようだけど、具合でも悪いのかい」
エリンは、オリバーに心配させまいと、精一杯の笑顔で返した。
「ええ、大丈夫よ。まだ朝早いから、ちょっと眠たいだけ」
「そうか」
オリバーから聞こえてきたのは、素っ気ない返事だった。彼は今朝の夢のこともあって、それどころではなかったのだ。
彼の反応を見たエリンは、教会で神のお告げを聞くまでオリバーに心配はかけない、と心に決めた。もし、もう一度オリバーがエリンを心配したら、一度家に帰ろう、と言い出すからだ。
エリンは、『苦しい』という感情を抑え込み、オリバーの後ろをついて行った。
だが、教会の前まで来たとき、ついにエリンは倒れてしまった。
オリバーは、何事かと、後ろを振り返る。
そして、数メートル後ろに地面にうつぶせになっているエリンをオリバーの瞳がとらえた。
「エリンっ」
オリバーはエリンのもとに駆け寄り、抱き起こした。
オリバーは、エリンに向かって何度も叫ぶ。
「エリン、大丈夫かい!? 返事をしてくれ、エリン」
すると、エリンはうっすらと目を開けた。
「オ、リバー…」
エリンが弱々しい声でオリバーの名を呼んだ。
オリバーはその声を聞き逃さなかった。
「エリン! 大丈夫かい!? 何かつらいことがあったのかい」
オリバーはいつもの冷静さを失い、ぐったりとしたエリンに早口で問う。
エリンは、焦る彼に対して、優しくほほえみかける。
「オリバー、私は大丈夫よ」
エリンの言葉を聞いても、オリバーは納得しなかった。
「どう見ても大丈夫ではないだろう。いったん家に帰ろう。教会にはまた後で来ればいい」
オリバーの言葉を聞き、エリンは目を見開いた。そして、同時に涙を流す。今、家に帰ってしまえば、神を怒らせてしまうと考えたからだ。
もし、神を怒らせてしまえば、もう二度と子供を授かることはできないだろう。
何が起こったのかさっぱり理解できないオリバーは、エリンの涙を見て焦り始める。
エリンはそんなオリバーを見て、クスリと笑った。
「オリバー、私は本当に大丈夫なの。それよりも、早く協会に行かなくてはならないわ。神様に失礼でしょう」
エリンは、できる限り普通を装いながら声を発した。
だが、彼女の声は、先ほどよりも弱々しくなっていた。
オリバーは怖くなった。このままでは、エリンは消えてしまうのではないか、と。
オリバーは、震えた声でエリンに言った。
「エリン、僕は本当に君のことが心配なんだ。僕は、君がいない世界で生きていける自信はないよ」
エリンは、そんなこと言わないで、と彼の顔に右手を添えた。
オリバーは、エリンを支えていない右手を、彼女の手の上に重ねる。
そして、互いに見つめ合った。
そのまま数分間見つめ合った後、エリンが口を開いた。
「オリバー、私の愛しいオリバー。私もあなたのいない世界では生きていけない。でも、もう私は、あなたと離れなければならないかもしれない」
予想だにしない言葉を聞き、オリバーは目を見開いた。
頭の中は、エリンが言った言葉だけがぐるぐると回っていた。
オリバーは、今の状況が整理できなかった。彼女が言った言葉の意味が、理解できなかった。
エリンは、混乱するオリバーに、さらに語りかける。
「オリバー、きっとあなたは今、とても混乱しているのでしょう? 私も同じよ。でもね、オリバー。どうか現実を受け止めて」
オリバーは、どんどん弱々しくなる彼女の声を聞いた瞬間、現実を受け止めるしかない、ということを悟った。次の瞬間、オリバーのエメラルドグリーンの瞳から、宝石のように美しい水が溢れた。
その宝石は、休むことなくエリンの服に染みを作る。
エリンは左手も添え、両手で彼の頬を優しく包み込んだ。
「オリバー、泣かないで。私がいなくなっても、神様が私の代わりに子供を授けてくださるわ」
オリバーは何も言えなかった。言いたい言葉は山ほどあるのに、全て喉の奥でつっかえてしまった。
かわりに、オリバーはエリンを抱きしめた。
強く、けれど優しく。彼女に自分の愛を全ての愛を伝えるつもりで、抱きしめる。
すると、エリンもそれに応えるように、弱々しく、けれど包み込むように抱きしめ返した。
そのまましばらく二人は抱き合っていた。
エリンとオリバーは、この時間が永遠に続いてほしいとさえ願った。
だが、現実は残酷だ。
オリバーを抱きしめていたエリンの腕は、だんだん下にずり落ちていった。
そして、エリンの腕が地面についたとき、エリンはオリバーに語りかけた。
「オリバー、」