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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 十

 雨の日が続く。しかしながら予測しなかった雨ではない。五月に入り、本格的な雨季を迎える。城南に居なくて良かったと樊樂ら稟施会の三人は思っていた。都など北方の街で迎えるこの季節は、最南端にある城南の暑さとじめじめした空気に比べれば随分と過ごし易かった。

 都、金陽の中央に、北の宮城正面から真っ直ぐ南へ伸びる最も広い大通りがあり、街のほぼ中心で東西を結ぶ大通りと交差する。そこを境に北と南ではこの大通りの様相が随分違う。北は朝廷に仕える高官の邸宅等が建ち並び雅やかな雰囲気が漂い、南は北とは対照的に庶民で溢れかえり、常に活気があり、騒がしい。と言ってもこの大通りの周辺に民家がある訳ではなく、そこはこの都に於いてのあらゆる商いの中心地であった。およそ取引が可能な物は何でも扱われており、都に住む者だけではない、各地から売り手、買い手が連日押し掛けていた。

 大通りの南北を隔てている街の中央の、やはり南側、少し入った場所に稟施会が屋敷を構えている。稟施会は商いをする集団だが此処は一般の客を招き入れて商売する場所では無く、個人の邸宅の様な造りで表とは全く別の、閑寂な佇まいである。

「……誰も居ないんじゃないだろうな?」

 屋敷の門をくぐった一行は馬を降りて辺りを見回すが、しんと静まり返っていて人が居ない。

「奥、見てきます」

 劉子旦が先に中へ入って行く。

 周りを塀で囲んだこの屋敷には建物以外に殆ど何も無い。本来ならば庭を造成する広い空間が、文字通りただの空間となっており木の一本すら存在しないのだ。その景色は極端に色の種類が少なく、全体が非常に簡素な造りであった。

 劉子旦が後ろに此処の使用人らしき男を連れて出て来た。

「ええと……いらっしゃいませ」

「……まぁ、間違っちゃいねえな」

 樊樂は男を眺めてから訊ねる。

(ちん)さんは今居るのか?」

「今出掛けてます。でもすぐ戻るかと。待たれますか?」

「ああ、勿論待つとも。中でな」

「ああ、そうですね。中へどうぞ」

 男は此処に来てまだ間が無いのか慣れていない様子で、樊樂に言われ慌てて中へと案内した。樊樂らは教えて貰わずともこの屋敷の事は昔から何度も来て良く知っていたが、黙って男に従った。

 

「あいつ、俺達も稟施会の者だって分かって無いんじゃないか?」

 部屋に通されてようやく体を落ち着けた樊樂はそう言って笑う。

「最初に言いましたよ。城南から来たってね。でもまぁお客さんの待遇が受けられるなら良いじゃないですか。沈さんは遊ばせてくれないでしょうけど」

「皆出掛けてるのかな? えらく静かだ」

 胡鉄が窓の外を覗くが人影は無く、しとしとと降る雨音だけが聞こえてくる。

「何だか……物が無くなってねぇか? 物が」

 この部屋には必要最小限の調度品しか用意されておらず記憶と少し異なっていて、樊樂は部屋を見回しながら怪訝な表情を浮かべる。人が出払っているのはよくある事でどうという事は無いが、ただでさえ飾り気の無いこの屋敷から更に無くなっていく物があるとすれば、何か異変でもあったかと心配になる。

「確かに、そうですねぇ。もっと色々とあった筈ですが……」

「何だか、金目の物は何も無い、って感じだな」

 劉子旦と胡鉄も樊樂と同様に前に来た時の事を思い返しながら部屋を見回したり外に顔を出して別の部屋を覗く。

 孫怜も来た事があるのだがあまり記憶に残っておらず、樊樂らの言う違いは判らない。可龍と比庸は初めて来たので、もの珍しさから辺りを眺めていた。

 

 使用人の出した茶を皆が飲み干してその器が乾ききった頃、部屋の外からばたばたと足音が聞こえてきた。

「おお、来たか、来たか」

 早足で慌しく入って来たのはこの都の稟施会を預かる沈斉文(ちんせいぶん)、顔も腹も丸いが上背のある五十がらみの男である。何かは判らないが両腕に抱えた物をがちゃがちゃと棚に押し込み、また早足で樊樂らの許に歩み寄った。樊樂らは一斉に立ち上がる。

「皆元気そうだな。孫さんも随分久し振りじゃないか。呉夫人は達者かな?」

「ハ……なんとか、やっております」

「そうか。おう、掛けてくれ」

 部屋には大きめの円卓が一つあるだけなので、沈斉文も加わって腰を下ろした。

「また随分若いの連れて来たな」

「可龍、比庸と申します。どちらも呂州の者でして」

 孫怜が若者二人を紹介し、沈斉文は二人を眺めて頷いた。

「結構な事だ。うちは若いのが入らんな。樊、城南の方はどうだ?」

「んー、こんなに若いのは居ねえな。暫く誰も入れて無いしな」

 樊樂は沈斉文に対しても随分気安く話す。当主である周維に対しても同様であるので、稟施会の中で樊樂が言葉遣いに気を使うような人物は存在しない。

「なぁ、何だかこの屋敷、いろいろ無くなってねぇか? 随分と広くなっちまった様に感じるんだが」

「ああ。無くなった。今、うちには何も無いわ。どうすれば良いものか……?」

 沈斉文は急に視線を手許に落とし、溜息を一つ。樊樂らは本当に何かあったのかと驚き、顔を見合わせる。

「一体、何があったんです?」

 劉子旦が沈斉文の顔を覗き込む。それから少し間を置いて沈斉文が重い口を開いた。

「うちの金が持っていかれた……」

「何だって! いつだ? 誰がやったのか判ったのか?」

「城南には報告、されてますよね?」

「……」

 沈斉文は答えない。その様子を黙って見ていた孫怜も驚きを隠せず、唖然としている。

「どういう事なんだ?」

「……二人組みでやって来てな。うちの黄金二千五百両を持って行ったのだ。もう半年程経つか」

「二千……五百……」

 黄金二千五百両――、この都の一等地にもう一軒、此処よりも遥かに豪華な屋敷を用意出来そうな額である。

 沈斉文は顔を挙げ、沈痛な面持ちのまま告げる。

「南方から来た周維と洪破人という二人組でな。金が要るからよこせと……ああ、儂は何も言えずにその二人がせっせと蔵から運び出すのをただ眺めるしか無かったのだ」

 両手で顔を覆い隠し肩を震わせながら再び項垂れる沈斉文を、皆ぽかんと口を開けたまま眺めている。何を言っているのか理解出来ていなかった。

 


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