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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 八

「失礼致します。あの、この先の咸水に行かれたのでしょうか?」

 若い女の声は厳しいという程でも無いが、しかし凛とした強さを持ち、どうやらその辺のお嬢さんといった風では無かった。この江湖を旅しているというのであればどの様な身の上なのか知らないが、孫怜はこの女に(かなり慣れている)といった感じを受けた。

「そうだが、あなた方は、咸水の?」

 咸水にあの老女と男以外に住人が居るとは思えなかったが、孫怜はそう訊ねてみる。横の老人の服は粗末であの老婆に近いものがあるが、女の身なりは整っていてあの村で暮らす者の格好とは思えない。

「あ、いえ、違いますが――」

「この先に誰かおらへんかったかなぁ? 見とらへんか?」

 老人が女の言葉を継いで訊いてくる。言葉は軽いがその目はこちらの反応を僅かも見逃すまいと注意深く窺っている――と、孫怜は見る。

「誰かを、お探しか?」

「まぁそうや」

「あの、咸水は今は廃墟の筈ですが、皆さんは――?」

 今度は女が老人の言葉を遮る様にして話し出した。

「あんたらはどうなんだよ。廃墟に誰探しに来たんだ?」

 樊樂が女を睨みながら訊き返す。本人にそのつもりは無くても樊樂がそのいかつい顔で目をぎょろつかせれば、大抵の子女は怯えてしまう。

「樊!」

「樊さん。そんな言い方は無いでしょう?」

 孫怜と劉子旦がすぐに樊樂をたしなめる。だが女は樊樂の物言いを全く意に介さない様子で、

「誰も居ないならそれでも良いのです。しかし私が訪れるのは久しぶりの事なので、もしかしたら現在は廃墟で無くなっているのかも知れないと思いまして。私の記憶では本当に何も無い村――。ですから皆さんが行かれたという事は以前と変わっているのかもと思いましたのでお尋ねしたのです。不躾に失礼致しました。それでは」

 女はそう言って老人に向かい頷き、再び馬を進めようとする。

 孫怜が女に声を掛ける。

「待たれよ。今あの村には年老いたご婦人が居られる。それと、もう一人、若者が居た様だが……。なんでも真武剣派の者が徐という男を捜しに来たという話を聞いた。あなた方も真武剣派の?」

「徐かいな? 武慶で強盗働いた奴やな?」

 老人がすぐに応じ、女は孫怜を振り返り黙ったままである。

「儂らは真武剣派ちゃうで。関係あらへん。全く別の知り合い探しとるだけや。若者っちゅうのはどんな奴やった?」

「遠目に見ただけではっきりとは……」

「そうか。ま、行ってみるわ。おおきに」

 老人と女は再び村に向かって進み出し、樊樂ら四人はその後姿を暫く黙って見送る。

「……あれ、弓かよ。あの女、何者だ? なんだか生意気そうな奴だったな」

「普通じゃないですか? 樊さんが変に突っかかっただけでしょ」

 劉子旦が呆れ顔で樊樂を見ている。

「ま、あの婆さんに追い返されて戻って来るんだろ」

 不意に空が光を放ち、続けて地面を揺らすような大音量が辺りにこだまする。

「怜、急いで戻ろう」

 孫怜は老人と女の方をじっと眺めていたが樊樂に呼び掛けられて我に返り、馬の手綱を引いた。

「あの娘が雨に濡れる様を見てみたかったなぁ。きっと良い眺めに違いない」

 胡鉄が後ろでそんな事を言っているので樊樂と孫怜は振り返る。二人とも揃って口を開けて胡鉄を怪訝な表情で眺めていた。

「たおやかなお嬢さんでも風情がありますが、あの娘さんは剣客の様ですから、また違った美しさがありますね」

 胡鉄の隣で劉子旦が言うと、樊樂と孫怜の口が開いたままのその顔が同時に劉子旦に向いた。

 

 樊樂らは急いで茶屋に戻ったが少し手前で雨が降り出し、少し体を濡らしてしまった。可龍、比庸の二人は皆が無事に戻って来たので安堵し、わざわざ表に出て来て出迎えた。

「徐は居ない。次は都に向かう」

 孫怜が濡れた肩を拭いながら二人に告げると、

「休んでからな。此処、泊まれねぇかな? 親父に聞いてみよう」

 樊樂が先に店に入って行く。此処は近くに街も無く宿を探すには時間が掛かる上に、雨は激しくなっていくばかりで再び外へ出て行くのは億劫である。

 店の主人は部屋は無いがその辺に雑魚寝するなら構わないと言い、一行はこの店に泊まる事にした。

「あの二人連れ、どうしたかな? 此処に来るだろうか? 婆さんにやられてねぇだろうな? ハハ」

「さぁ、どうだろうな」

 樊樂と孫怜が話していると、可龍と比庸が顔を見合わせて話し合ってから、可龍が口を開いた。

「お爺さんと若い女の人ですか?」

「ん? お前達見たのか?」

「皆さんが出て行って暫くしてから此処に来て……茶を飲んで暫く話していて、また出て行きました」

「どんな事を話してた?」

 樊樂が訊くと可龍はまた比庸と少し話してから、

「咸水に戻る、とか、二年ぶりだ、とかあまり聞こえませんでしたけど、女の人がどうも咸水の村の出身の様に聞こえました」

「出身? あの娘はまだ若いぞ? あの事件当時生まれていたのかどうかも怪しいが……」

 孫怜が首を捻る。咸水で生まれたのでなければあの村の出身とは言うまい。二十を超えていれば村で生まれたというのもおかしくは無いが、生まれて間も無い赤子があの事件を生き延びて一人で逃げたなどあろう筈が無く、一緒に連れて逃げた者が居る筈である。

(あの老婆……関係があるのだろうか?)

 咸水に居た老婆が関係無く、村に居て襲われたのであれば他にあの娘を連れた生き残りが居る事になる。老婆は村の者で生き残った者は他にも居ると言ったが、あれは恐らく事件の時に村を離れていたという事に違いない。あの若い女も生まれたのは咸水であったがすぐに他所へ行ったのなら辻褄は合う。そして村が襲われたその時に村に居ながら生き延びたのはやはり噂通り三名しか居ないのだ。

 孫怜が眉根を寄せてじっと考える風なのを見て、可龍が続ける。

「女の人は朱蓮(しゅれん)というらしいです。お爺さんがそう呼んでました。お爺さんは()、だったかな……」

「狗!」

 突然、孫怜が目を見開いて樊樂の方を勢い良く振り向いた。

 


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