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流浪一天  作者: Lotus
第九章
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第九章 五

「そいつは凄いな。本当にこの国でも出るのか……」

 樊樂は大きく目を見開き、かなり驚いている。孫怜が言った通り、翡翠の硬玉は国内で産する処は無く、すべて他国から入って来たものばかりでありその価値は黄金を超えるとも言われていた。

「もう掘ってないぞ。発見された当初は軍まで動員して掘らせたらしいが、何年もしない内に量も減って割に合わなくなったそうだ。軍が手を引いたその後、入れ替わりに各地から掘り当てる事を夢見た者達がやって来たそうだが、もう人の手の届く範囲には全く無いらしい。稟施会もやってみるか?」

 孫怜が笑いながら言うと樊樂が劉子旦に視線を遣った。

「多分、旦那も此処の話は知ってるんじゃないですか? もし見込みありだったらとっくに手を出してますよ」

「だろうな。周の旦那がやらないって事は、もう此処には無いって事さ」

 孫怜の言葉に樊樂は首を竦め、

「そりゃ残念だ。でもまぁ、此処で穴掘り人夫させられるのは勘弁して欲しいしな。……あ、そうか」

「何だ?」

「その翡翠狙って百槍寨の連中が此処に来たんじゃないのか?」

「違うな。掘り尽くしたのはもっと昔の事だ」

 即座に孫怜に否定され、樊樂はまた首を竦めた。

「まだある可能性があるならやってみたい気もする。掘った物は自分の物にして良いなら」

 胡鉄も山を眺めながら言う。すると孫怜と樊樂はその言葉と同時に笑みを消し、揃って眉を顰めた。胡鉄はそんな二人の表情を見ると目を丸くして、

「……俺、何か変な事――」

 樊樂がすぐに胡鉄の顔の前に手をかざし、ゆっくりと辺りを探る様に顔を動かす。孫怜も同様である。

 

『……何をする?』

 

 突然、誰かが話し掛けてくる。低くしわがれた年老いた女の声。

 あまりに咄嗟の事で劉子旦と胡鉄は訳が分からなかったが、孫怜と樊樂が剣に手を掛けているのを見ると、すぐに自分達も剣に手を添えて上体を低く構えた。

「何処だ……?」

 樊樂が眉間の皺を一層深くして呟きながら、辺りを睨みつける様に声の主を探す。孫怜も周囲の気配を探るのに全神経を集中させている。しかし、見当たらない。

 

『此処で何をするつもりだ?』

 

 今度は四人ともはっきりと耳にした。声は辺りに響く程のものではなく、まるで四人の中に混じって普通に話し掛ける様に、すぐ傍で聞こえていた。それが、全くその姿が無いのはどういうことか? 四人は緊張と焦りで全身を強張らせる。

 

『此処には何も無い。誰も居らん。去ぬるが良いわ』

 

 意を決して孫怜が剣から手を離し、背を伸ばして声を発する。

「我らは……我らは人を探して参りました。怪しい者では――」


『誰も居らぬ』


「あんたは! 誰なんだ? 姿を見せてくれ!」

 樊樂が叫ぶが返事は無い。人が隠れる事の出来そうな民家はいくつもあり、そのどれかに隠れているに違いない。しかし、不用意に動く事は出来ない。声の感じからして年老いた女、恐らく堯家村の二人の老女とあまり変わらないのではないかと思われるが、どう考えても普通ではない。すぐ近くに居ないにもかかわらず淡々とした声が耳元まで届く。枯れそうなその声には意外にも極めて妙なる内力が込められているのである。

「樊!」

 孫怜が不意に叫び、樊樂が馬の上で大きく仰け反る。何かが、樊樂の胸の辺りを掠めていった。

「やる気か!」

 樊樂は一気に腰の剣を抜きその何かが飛んで来た方向を睨みつけるが、やはり人の姿は見えない。


『フン、我流か。立派なものだ』


 声が消えると同時に再び何かが前方から放たれた。

「カン!」

 孫怜が剣を抜き、そのまますばやく振り上げると剣に何かが当たる音がした。すぐ下に転がり落ちた物を劉子旦が目で追う。

「……石?」

 

『フン、それだけでは分からないね』

 

「何の話してんだ!」

「おい、大体の見当はついた。馬をあそこに」

 孫怜がすぐ近くの民家を指差し、すぐに皆そちらに移動すると馬を降りた。

 先程石が飛んで来た方角から民家を挟んでその反対側に隠れた四人はそれぞれ剣を握り締めて様子を窺った。


『何をする気だね?』


「ツッ……何なんだこの声は」

 樊樂は思わず耳を押さえて顔を顰める。何処に居ようと声はまるで真っ直ぐ耳元に向けて囁かれている様に聞こえる。

「いいか、まだ敵かどうかは分からないからな」

 孫怜が他の三人を見ながら念を押す。

「敵だろうが! 仕掛けて来たんだぞ?」

「樊さん落ち着いて下さい。向こうはただ帰れと言っただけです。まだ向こうも本気じゃない。下手に怒らせない方が良いですよ。お婆さんの様ですが、相当出来るんじゃ……」

 劉子旦は同意を求めるように孫怜を見た。

「相当かどうかは分からんが、確かに普通のご婦人では無さそうだ」

「本当に人かな?」

 胡鉄が不安そうな声を出した。何処からともなく纏わり付く様な老婆の声を聞いていれば確かにそんな風に思えなくもない。此処は悲惨な過去を持つ廃墟なのである。


『はて、何処へ行ったか?』


「……分かってる癖によ」


『ああ。そうさ』

 

「うわああっ!」

 突然、胡鉄が他の三人の耳をつんざく様な渾身の叫び声を上げる。皆一斉に振り返り、「ウッ」と声を詰まらせた。先程石が飛んで来たのとは正反対の、四人の背後数間先にある背の高い草むら。風にたなびく緑の隙間に、こちらを凝視する老婆の顔が見えていた。

 


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