第八章 十八
「ですから、我々は探します。求さん、手を貸して頂けますか?」
「俺は……追われている人間だ。具合が悪いだろう?」
「フフッ、ではもう一人追われている人を付けますよ。二人なら求さん一人が気にしなくても良いでしょう?」
「……殷汪を使うつもりか?」
「彼は、夏。夏天佑さんですよ、求さん。ハハハ」
どこがどのように面白いのか分からないが周維は破顔し声を出して子供の様に笑う。
(この男の腹を探るのは難しい、というより疲れる。何か訊いても真っ直ぐ返ってきやしない)
求持星は周維に訊きたい事が幾つかあるのだが、そのどれもがまともに答えを得られそうに無いものばかりなのでとりあえず当分は諦める事にした。
「求さん。今宜しければ一緒に来て頂きたいのですが。稟施会です。劉さんも行ってますし、今、夏さんも呼びに行かせてます。是非皆さんのお力をお貸し願いたい」
求持星は黙って周維に向かって頷き、立ち上がった。
求持星が周維に連れられて来たのは随分立派な目立つ建物だった。何も言わずにさっさと入っていく周維の後ろで求持星はその楼閣を見上げてから入り口へと向かった。何をする場所なのかは何の説明も無いので分からないが、恐らく稟施会の屋敷は此処だけではあるまいなどと考えながら周りの様子を窺いつつ奥へと進む。
「求持星どの」
周維に続いて部屋に入ると、すぐにその部屋の中央に居た男が声を掛けてきた。男は周維では無く求持星を見ている。
「あなたは……」
「稟施会の太史奉と申します。我々の不手際で賊の侵入を許してしまい、申し訳ござらぬ」
太史奉は腰を折って深々と低頭し詫びた。
「いや、あなた方はもう良くご存知と思うが、あれは私が招いた様なもの。こちらこそ――」
「あの者達は稟施会の主の屋敷に侵入したのですから、もうあなたと奴らだけの問題でもない。既に素性を調べるよう手配致しました」
「あいつらは……」
「また後ほど、あなたがご存知の事もお聞かせ頂きたい」
昨夜の二人組の事は求持星が一番良く知っているという事を、太史奉は理解している様子である。周維あたりが聞かせたのだろう。
太史奉はとりあえず今はこの話は終わりだ、とでも言う様にさっと身を翻して中央の席を周維に明け渡し、横に控える様に立った。
部屋には太史奉の他に劉健和と洪破人が居る。
「で、求さん。今私達は徐を追う為の算段をしていたんです。出来るだけ早く動く方が良い」
中央の席に着いた周維は、腕を伸ばして求持星に空いている席に座るよう促しながら話し始めた。
「この城南の稟施会には色んな情報が集まって来ます。しかしやはり辺境ですからそれなりに日数も掛かります。既に届いている知らせだけではまだ厳しいのですが、うちの者が各地で情報を今も吸い上げている事は確かですから、それらをこちらから拾いに行く方が早い。やっと旅を終えたところで何ですが、出来るだけ早くに。求さん。是非協力をお願いしたいのです」
「求どの」
劉健和が周維の話の後を継いで求持星に向き直った。
「いきなり無理難題をお願いして申し訳無い。その……私の様な……」
劉健和は中々言葉が思いつかない様子で、困惑の表情を浮かべている。この城南に来る途中で突然同行する事になり、会ってからまだ半月も経っていない。お互いまだ何も知らないというのに、この広大な国の何処かに居る自分の息子を一緒に探してくれというのは随分と厚かましい要請である事は劉健和もよく分かっていた。
「あんたが気にする必要は無い。稟施会が俺を雇いたいと言っている――そういう事だな?」
求持星は劉健和に言ってから周維に向き直って訊いた。
「『そういう事』ですねぇ」
周維は横に居る太史奉を見上げた。太史奉が言う。
「あくまでも求持星どのにもご協力をお願いする、という事です。ご要望があれば必要な物は全て準備、手配致します。無論、報酬も……」
「俺の命は周維どのに預かって貰っている。何が出来るのか分からないが逆らいようが無い」
求持星がそう話すと、太史奉は訝しげな表情を周維に向けた。『まだ聞いていない』話だったのだろう。
「そうでしたかねぇ? いや、そう思ってもらえているのなら気が楽です。ハハ」
周維だけが笑い、他は真面目な表情を崩さない。洪破人は少し離れて控えており一言も喋っていなかった。
「で? 既に入っている情報とは?」
「暫しお待ちを。もう夏天佑どのも見える頃でしょうから、皆揃ってから……」
太史奉はそう言うと一人、部屋を出て行った。
城南市街地の西の端、視界一杯に荒野を望むの丘陵の麓に、少し大きめの納屋らしきものが建っている。そのすぐ近くに数人、辺りの開墾作業に従事している男達が集まって地面に座り込んで話していた。若者も老人も居て皆同じ様な格好をしている。作業の合間の休憩といった感じであった。
「王さん。そろそろこの手前の方は働かせんとあかんちゃあうか? 奥はまだ見通しが立ってへんし、こっちはもうだいぶ放ったらかしだぁや。草ぁ育てとるわや」
「そうだなぁ。しかしまだ具体的にどう使うか決まっとらんからな。太史さんの話ではもう何人か人を呼ぶ事は決まっておるそうでな。実際に使う者とも協議せねばならん」
「全部王さんが仕切ったらええだぁな。その方がぜってゃあ(絶対)効率ええっちゃ」
「恐ろしい事言うな。ただでさえくたびれておるというに、これ全部面倒見ろと言うのか? すぐに腰が立たん様になってしまうわ」
「でもなぁ。儂らぁが王さんに色々聞いても難しすぎるわ」
「それゆえ太史さんが国中から『凄腕の百姓』を集めようとしとるのではないか」
「ハハ! 凄腕か。そりゃ確かにすげえなぁ。でもその人らぁを待っとる間にまた土がくたばったらあかんわやぁ?」
「その辺もちゃんと考えておる。お前達は奥をいかに早く進めるかだけ考えておれ」
中央に居るのは王という老人で、周りに居るのは喋り方からしてこの地元の者であろう。この王老人が稟施会が進める開墾事業の中心人物で、この者もまた稟施会がこの城南に招いた事業の指導者であった。今、王老人を囲んでいるのは稟施会に雇われた地元の住人達だが、雇われているのは地元の者だけではなく、この開墾事業の話を聞き職を求めて他所の街からやって来た者も数多く居る。未だ荒野を切り開くといった段階であり、とにかく人手が必要なのである。