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流浪一天  作者: Lotus
第八章
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第八章 十四

 翌朝、求持星は既に日が昇って気温の上がった部屋で寝苦しさを感じて目を覚ました。もう昼近くになっているだろうか。外は快晴で、重い体をゆっくりと動かして寝台の近くにある窓を開けると緩やかな風が顔を撫でた。

 暫くそのまま佇み、目を閉じる。何かを考えようとしたが思う様にいかず、軽く頭を振ってから寝台を離れる。陽に当たるとじんわりと熱を感じるが、窓の反対側は日陰になっていて裸足でそこに入ると足の裏がひんやりとしてこれもまた心地良かった。

(これから何をすれば……? 何を、させる?)

 徐々に頭の中が動き出し、そして周維の言葉を思い出す。

御山(おやま)を知っています。中々の太い繋がりが――』

(……あいつらが山から来たんだとしたら、あっちは稟施会を仲間だとは思っていないという事か? 太い繋がり……周維は俺と『山』が関わりを持っている事を確実に知っている……。だが俺の知っている事を教えろ、とも言った。知っているのか知らないのか一体……? まだ……まだ分からん……)

 その時、部屋の扉を軽く叩く音がして求持星はそちらを向いた。扉の向こうに人が立っている。

「……」

 求持星はどう声を発していいのか分からず沈黙したままだった。

()だ」

 立っているのは夏天佑だった。その声を聞いて寝起きの頭が一気に覚めたが、安堵した様な気持ちになる。

(周婉漣じゃなくて良かった……)

 求持星は扉に歩み寄り、ゆっくりと開く。夏天佑は昨晩と変わらないよれよれの野良着姿で、すでに一仕事してきたのか膝の辺りが土で汚れていた。

「起きたばかりかな? すまんな」

「いや……」

 求持星は後は何も言わずに夏天佑を部屋に招き入れ、

「閉めた方が?」

 扉に手を掛けたまま訊く。

「今日は久しぶりに風が気持ちいいな。あんたが良いならそのままで。誰か来たらすぐに分かるしな」

 夏天佑はにやりと笑い、

「話を聞きたくてな」

 部屋に一脚だけあった椅子に腰を下ろす。

「あー、横になってもらっても俺は構わないぞ」

 他に座れる所は寝台くらいしかない。求持星は寝台の端に腰を下ろした。

 夏天佑は足を放り出して椅子の背もたれに体を預け伸びをした後、目を閉じて長く息を吐いた。

(若い……どうみても俺より若い……)

 求持星はちらっと目を遣り、夏天佑の姿を観察する。

(これは……人か?)

「あの二人組の事じゃないんだ」

 両手で顔をさすりながら、夏天佑は言う。

「劉毅に殺されたっていう喬高の話をもっと詳しく聞きたくてな。二人組の方は俺は関係無い」

 求持星は夏天佑を真っ直ぐに見る。もう何も隠す必要は無くなった――そう考えている。

「……喬高様と俺は関係がある。あの二人組は俺と関係がある。……繋がると思う」 

「ほう」

 夏天佑の口の端が僅かに上がる。面白そうだとでも思ったのか、求持星の話に期待を示す様に上体を起こして今度は前へ傾けた。

「劉毅が喬高を殺すなど、方崖は何も言わなかったのか? まさか隠し通せる筈も無かろうに。それとも……まさか方崖の意思、か? 喬高の奴は一体何をしでかしたんだかな?」

 夏天佑が訊ねると、求持星は体を夏天佑に向けて改まった。

「その前に、あんたが殷総監なのか、そうでないのか、知りたい」

「ん? 俺はてっきり、もう俺を殷汪だと思い込んだに違いないと諦めていたところだが……殷汪は死んだろう? 劉毅が確認した」

 夏天佑は真顔で淡々と答える。

「殷総監かどうか、というよりも、あんたがどういう人物で北辰と『今』どんな関係なのかが知りたい」

「なるほど。得体の知れない者には話せない事を知っているという事かな?」

 求持星は沈黙をもって答えた。間を置いてから口を開く。

「……『死んだ』という話は方々に広まって誰でも知っていておかしくは無いが、劉毅様が確認したというのは北辰の人間か、かなり近い者にしか知り得ない事の筈。あんたはどうしてそれを知っている?」

「近いというか……俺は殷汪と昔から付き合いがあってな。その繋がりで北辰の中にもそれなりに見知った者が出来た。求さんよ。俺は殷汪とそんなに似ているか? よく見てくれよ」

 夏天佑は微かに笑ったが、顔がよく分かるように求持星を見る。

「いや……。似ているという程ではないと思うが……。周……周婉漣との関係は? 教主でも殷総監でもないというあんたに、随分と……丁寧な接し方をするのはどうも違和感を感じる。七星の、しかもあの周婉漣が、と」

「あの周婉漣、か。ハハ、一体あいつはどう思われているのやらそれも興味があるが……。求さん。俺は呂州の出で、殷汪もそうだ。俺がまだ餓鬼の頃知り合った。歳は向こうが一回り程上だ」

「殷総監は確か、五十も半ばの筈。ではあんたは四十は超えている筈だ。しかし、そうは見えない」

 求持星はまるで問い詰めるような鋭い視線で夏天佑の反応を窺っている。

「ま、色々と教わってな。あんたも聞き及んでいると思うが殷汪は人じゃないなんて噂もあるくらいだ。『死ぬ』なんて意外だった……」

「殷総監と、そんな口調でいつも話していたのか? 歳が一回りも違えばそれなりに――」

「江湖の殷汪に対する印象ってのは随分変わっているからな。殷汪も俺も、ただの田舎の百姓なんだがな。元はな。呂州に居た頃っていうのはつまり、殷汪が咸水に住むよりも前の事だ。仲が良かったというか……歳の違いをそう意識した事も無かったな。北辰に行って総監なんていうお偉いさんになっちまった後も、変わらなかった。お偉いさんと親しいというのは色々と得する事も多かったよ。方崖にだって上がれたんだぞ? ま、あまり堂々とは入れなかったけどな」

「あんたは昨夜話の中で周婉漣に『自分を捕まえに来たんだろう』と言っていた筈だが」

「よく覚えてるな。殷汪が人を切って飛び出したんだぞ? あいつらは俺が殷汪と親しかった事を良く知ってる。俺が匿ったりするかも知れんと思ったんじゃないか? 劉毅もそうだ。だからあんたに『夏天佑』の名を聞かせた――」

「……少し無理がありそうだが」

 求持星が少し遠慮がちに呟くと夏天佑はにやっと笑って、

「フフ、ちょっとずれたな。倚天剣だろう? 劉毅は倚天剣と俺を直接繋げて話していたんだったな? 殷汪と夏天佑ではなかったと……。ふむ、その辺はもう少し練る事にしようか」

 


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