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流浪一天  作者: Lotus
第八章
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第八章 十一

「随分と、勝手な言い分だな。こっちが勝ったら、何が貰えるんだ?」

 洪破人がゆっくり言葉を継ぎながら言うと、

「何を言ってるんだ? お前のその命だ。さっきまで消えかかっていたではないか。ハハ!」

 刀の賊は上体を仰け反らせるほど大袈裟に笑った。

 不意に夏天佑が賊に向かって歩き出す。

「ん? どうする?」

 賊の持つ刀がぴくりと反応する。夏天佑は真っ直ぐ、その刀に向かって進んでいく。

「やるのか? やるんだな?」

 不意に賊に向かって大きく踏み込んだ夏天佑の姿がぶれる。同時に下がっていた刀も再び勢い良く跳ね上がった。

 後方から見ている洪破人らからは夏天佑の背中しか見えていない。その背中が刀の賊を覆い隠していた。

 ほんの一瞬、賊の短いうめき声の様な物が聞こえた。

「こっ、これは……」

 すぐに「カーン」という少し低めの鈍い金属音が聞こえたかと思うと、夏天佑が僅かに下がって間合いを取った。

「な……何をした?」

 刀の賊の体は無事な様で刀の柄をしっかり掴んだままで、だが呆然と立ち尽くしている。持っている刀の先が半分ほど失われているのである。

「驚いてもらえて嬉しいな。これはなかなか面白い技だ。これは皆まで奪わないところが肝心でな。何だか凄そうに見えるだろう?」

 夏天佑はそう言って笑った。右手に刀の半分、その先端を指で摘んで持ち上げて見せる。

「倚天剣は貸し出し中だ。得物は半分ずつでいこう」

「貴様……何者だ?」

 賊は短くなった刀を顔の前に突き出して構えながら徐々に後退する。眼だけしか見えていないが明らかに先程までとは違う警戒の色を見せていた。

「あんたが何処の誰か名乗ったら教えんでもない」

 夏天佑は奪った刀の一部のその両端を両手で摘んで眺めている。賊は何も言わず後退し続ける。

 求持星の相手をしていた短剣の賊が、相方の刀が折れているのに気付いてすぐさま隣に駆け寄った。

「おいどうした?」

「こいつ……」

 短剣の賊に続いて求持星も夏天佑の傍に寄った。夏天佑が求持星に声を掛ける。

「こいつらが何処の者か、全く予想もつかないのか? 本当に、全く?」

「……ああ。……いや」

「ん?」

「後で話す」

 夏天佑は軽く頷き、

「剣を」

 求持星の前に手を差し出した。求持星はもう一度改めて手にした倚天剣を眺めてから夏天佑に渡す。

 夏天佑は左手に倚天剣、右手に刀の一部を持って賊二人の前に進み出た。

「これで終わりにしよう。寝る時間が無くなる。フッ、負けた方は永遠に眠れる訳だが……」

「ハ! その刃、そのまま使うつもりか? 怪我をしないように気を付けるんだな」

 短剣の賊は両手を前方に突き出し二本の短剣を見せ付ける様に構えた。 

 夏天佑はまだ両手を下げたままでじっと二本の短剣を見つめている。周りの者には賊は単に身構えているだけに見えるのだが、夏天佑は怪訝そうな顔つきで賊を観察する。

「……もっと長いのが良いとか思わないのか?」

「……」

 賊は答えずに足をじりじりと地面に擦り付け足場を確認する様に動きながら、眼は夏天佑をしっかりと捉えている。

 夏天佑が相変わらず動こうとしないのでそのまま時が流れていく。そんな状況が続けば続くほど賊の方も緊張の度合いが高まっていく様で、求持星と対峙していた時の余裕はすっかり消え失せていた。

(倚天剣を持つ男……何なんだ? 誰だこいつは……)

 短剣の賊は時折両腕の構えを変えながらただ睨み付けるだけで、隣の刀の賊も折れた得物を構えて同様に体を硬くしている。

 夏天佑が急に歩き出す。前にではなく、短剣の賊を横から見ようとでも思ったのか顔を傾けて、やはり観察している様である。しかし賊の方も二人揃って夏天佑の方を向くので横から構えを見る事は出来ない。

「貴様、やる気があるのか!」

 短剣の賊が叫ぶと、

「やる気が必要なのはあんたらだろう?」

 夏天佑は右手の刃を持ち上げて賊を指しながらも視線は顔を向いてはいない。それはまるで弟子の構えを細かく確認する師の様である。

 短剣の賊は一気に怒りが込み上げて夏天佑に向かって踏み込んだ。

「おっ」

 夏天佑の右手の刃が短剣に向けられる。ほんの一瞬の間に賊の短剣は様々な角度に変化したが夏天佑が摘んでいる刃の先端も遅れる事無くついていく。短剣はすぐに退いた。

 短剣の賊は何やら言葉の様なただの音の様なものを吐き捨てながら、いらついた表情を見せる。そして次の瞬間、賊は二人同時に更に後ろに退いて再び身構えた。

「夏天佑様」

 夏天佑の背後からゆっくりと現れた白い人影に賊の二人は警戒する。それは周漣であったが賊の二人はこの女も誰なのか全く知らない。

「……何だ?」

 夏天佑は賊の方を向いたまま、横に立った周漣に答えた。

「どうか私に……お命じ下さいませ」

「何を?」

 夏天佑の声には一切感情が無く、乾いている。

「この者は私が、処分致します」

「何故だ? 何故お前なんだ?」

「どうか……、ご命令を。私に……」

 不意に短剣の賊が跳躍する。話していた夏天佑と周漣は即座に反応を見せたが短剣の賊を迎え撃つ様に跳躍したのは周漣だけだった。

 周漣の纏った(ほう)()の裾が微かな音を立てながら宙を舞う。幅の広いゆったりとした袖が数回バタバタと激しく音を立てて振られるのが黒い夜空の中に見えた。

 刀の賊は夏天佑を睨んだままじっとして動かない。夏天佑がちょっとでも上を見上げる様な事があればそこへ襲い掛かるつもりだったが、夏天佑はそっちには一切興味が無いといった(てい)で真っ直ぐ刀の賊を見返していた。

 


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