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流浪一天  作者: Lotus
第八章
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第八章 九

 周漣は踵を返して後方へと戻って行く。石段に座る夏天佑の傍まで行くと再びこちらを向き、静止した。

 求持星は賊に言う。

「お前達の要求を呑むことは出来ない。俺も、もう戻る気は無くなった。力ずくで来ると言うなら抵抗させて貰う」

「フン、劉毅様はお前を許さんぞ? 後悔する事になる。まぁよいわ。だが倚天剣の方はどうかな?」

 賊は夏天佑の方に目を遣り、

「おいそこの。あるお方がどうしても倚天剣が欲しいと仰っておられてな。どんな事をしてでも持って来いと仰せだ。大人しく渡してくれぬか? どんな事をしても良いと言うんだから、お前を切ってでも、という意味だ。分かるな?」

 夏天佑は賊の顔を眺めてから、手に持った剣を見て考える様子を見せる。

「本当に劉毅様の命令なのか!? そんな命は出ていない! 劉毅様の目的は剣じゃない! お前達、九宝寨の名を騙った偽者だろう!」

 求持星は叫ぶ様に言い、まっすぐ賊に向けて指を突きつけた。

「ハハッ! 我らは一言も九宝寨など言ってはおらん。フン、では好きにさせてもらおうか」

 二人の賊は再び得物を構える。同時に洪破人らも剣を握る手に力を込めた。

「求さんよ」

 求持星の背後にから聞こえた夏天佑の声。求持星は敵に背を向ける訳にも行かないので僅かに顔を傾けて聞く。

 次の瞬間何かが飛んでくる気配を感じ、求持星は即座に顔を後ろに向けて見ればそれは自分に向かって飛んでくる剣だった。剣の柄が、真っ直ぐに迫って来る。

 求持星は即座に独楽(こま)の様に体を回してその柄を掴み取り、そのまま構えて賊に再び向いた。

「おお? 求、どうだ? それが倚天剣か? あの者がおぬしに渡したという事は持って行けと言う事であろう? さぁ、戻ろうではないか」

 賊の一人はまた求持星を誘う。しかしその時求持星は殆どその声を聞いていなかった。

(これが、倚天剣……)

 求持星は構えて後、初めてその剣身を目にした。この場は暗がりの中に幾つか明かりが灯っているだけだったがその光が刃に反射して求持星の目に飛び込んでくる。あの派手な装飾の外見に隠れていた中身はやや紫がかった青を含んだ光を放ち、その刃はただ人を切る事だけを考えて作られていて見る者を嫌な気分にさせる、そんな姿をしていた。

(俺に渡したのは……まさか持って行けという事では無いよな。フッ、当たり前か)

「求よ。行くか? それともここで遣り合うか?」

「俺は戻らん!」

「そうかい」

 短剣を両手に持った賊の一人が言葉と同時に地を蹴って求持星に向かって襲い掛かった。

「本気か!?」

 そう叫んだのは洪破人だった。賊はたった二人で求持星と自分達用心棒十人を相手にする気でいるらしい。

 すぐに短剣が後退する。洪破人の声が合図にでもなっているかの様に退いたが、実際は求持星が短剣の最初の一撃を防いだからである。その直後、今度は求持星が倚天剣を胸の前に構えて跳躍した。 

 洪破人が横に居た(せき)に言う。

「囲め」

「ああ」

 石が腕を上げて他の用心棒達に何やら合図を送ると、あらかじめ決められていた様に展開して賊を取り囲んだ。すでにその輪の中で賊二人と求持星は目まぐるしく立ち回っている。

 洪破人と石の二人も同時に踏み込み、それぞれの剣が賊を狙う。

「俺達もこれが役目なんでな! あんた一人にやらせて眺めてる訳にはいかねぇんだ!」

 洪破人が求持星に向かって叫ぶように言うと、求持星は僅かに視線を送っただけですぐに短剣の賊の攻撃をかわして飛び回る。

 石は刀を持った方と物凄い勢いで得物を交え、甲高い金属音が辺りに響く。洪破人もそれに加わり攻撃の手が増していく。しかし賊の刀も更に速さを増して石と洪破人の二本の剣を弾いている。流石に二人で乗り込むだけあってかなりの使い手であると言える。

 一方、求持星と短剣の賊はどちらも縦横無尽に飛び回り一所(ひとところ)で切り結ぶという事は無く、得物が交わる音は殆ど聞こえない。しかし攻撃の手を出していない訳ではない。二人は軽功を得手としている様で体の裁きもかなり速い。賊の短剣は両手に二本あり求持星を執拗に襲うがこれを倚天剣では受けず、前に洪破人と遣り合った時と同様にかなり速い退き足で遠ざかる。周りを囲んだ他の用心棒達はこの二人が跳んで来れば求持星に加勢しようと飛び込もうとするが、次の瞬間にはまた別の方へと跳んで行ってしまう。

 洪破人らの剣の音とその頭の上を飛び交うバタバタという衣服の音がずっと聞こえ続ける。

 

「流石、彼らはやりますねぇ。長引きそうですよ?」

 周維が夏天佑と周漣の傍までやってくるとそんな事を言って笑った。用心棒と求持星が勝つと信じて疑わないのか、全く心配する様子も無い。

「暢気なもんだな。洪と石、あの二人がもし傷付いたらお前にとっても痛手だろう?」

「それは、困ります」

 周維は扇子を手に夏天佑の方に体を向けたままでちらっと戦いの様子を見る。夏天佑と周漣、そして周維の居るこの周りだけが全く別な空気が流れている様で、観劇の客といった感じであった。

「求さんはどうやら遠慮してる様ですねぇ」

「んん?」

「賊に、では無く剣に。あれを傷付けない様にしているんでしょう。ハハ、もっと程度の悪い長剣なら思う存分振れるんでしょうが」

「フッ、そんな気を使わなければならん剣か? あれが。剣なんてすぐに欠ける。剣として使うならな。折れさえしなければまた研げばいい。いつか無くなったら、それが天命というものだ」

「そう思う事が出来るのはあなただけかも知れませんよ? あれは、名が大き過ぎます」

 夏天佑は答えず、またぼんやりと目の前で繰り広げられている激しい剣戟を眺め、周維もようやく体を向けて観戦する。

 

 刀の賊は洪破人と石の二人を相手に互角。短剣の賊と求持星も互いに決め手が出せないまま、延々と跳躍し続けた。

 


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