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流浪一天  作者: Lotus
第八章
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第八章 四

「特別な物は何もありませんが、酒は周漣さんがたっぷり用意してくれたので皆さん今夜は大いに飲んで下さい」

「ああ。よばれようで」

 葛林夫婦をはじめ屋敷に仕える者達、洪破人ら用心棒達も皆それぞれ酒を注ぎ、食事に取り掛かり始める。特に酒を飲まない者を決めておくといった事は無い。用心棒達はちゃんと自分の加減というものを知っていて、一応、杯は酌み交わすが口を付けるのはほんの少しだけであった。

 

 周維が洪破人の許へ行き、

「洪さん。持ってきてくれましたか?」

「ああ、これだ」

 洪破人は布に包まれた棒状の物を手に立ち上がって、それを周維に手渡す。都から持ち帰った荷の中にあった内の一つである。周維は受け取って夏天佑の横の自分の席へと戻った。

「夏さん。これが都の土産です。なかなか値が張りましたよ。ハハ」

 夏天佑は椅子の背にもたれ、周維とその手にある土産とやらを眺める。

「それが……倚天剣か?」

 そう訊いたのは劉建和だった。その存在を知る者なら是非見たい品である。ましてやそういった類の珍品、骨董を扱う商人なら尚更で、劉建和は身を乗り出して物を覆った布を見透かさんとばかりに凝視している。

「ハハ、劉さん。種明かしが早すぎますよ。もっと勿体ぶってお披露目したかったんですがねぇ」

「ああ、……すまん」

 劉建和は後頭部を撫でながら身を縮める。隣の求持星はといえばいつの間にか顔を上げ、倚天剣が姿を現すのをじっと待っている。ずっと追いかけてきた物が目の前にあると聞いてさすがに他の事は頭の隅に追いやられてしまった様だ。そんな姿も――周漣は観察し続けている。

「倚天剣?」

 夏天佑は眉を顰めて周維を見た。

「倚天剣です。都で売りに出されました」

 周維がゆっくりと布を捲り取り自らの肩に掛けると、手には銀の装飾が光を放つ鞘に納まった剣が残された。

 朱色の鞘を銀の細かな細工が覆い、柄の先端から剣の全長と同じくらいはあろうかという真っ赤な紐が下がっていて芝居で用いられる様な派手な造りである。

「これが……」

 求持星が半ば呆然と見つめている。

「そうです。求さん。これが倚天剣です」

 周維は求持星を見て笑みを浮かべ、しばらく求持星の顔を眺めていた。

 

「誰が持ってたんだ?」

 夏天佑が訊く。

「分かっているのは景北港(けいほくこう)方崖(ほうがい)から、ある女が持ち出したとの事です。その女はどうやら方崖から逃げた様ですね」

「『殷汪』は方崖を出る時、そいつを忘れていったという訳だな」

 夏天佑はそう呟く様に言うと腕を組み、思案顔を天井に向けた。

  

「そんな芝居……もう意味が無い」

 求持星の搾り出す様な声が聞こえ、それと同時に周漣がすっと立ち上がる。しかし求持星は夏天佑から視線を外さなかった。夏天佑は少しばかり目を見開き驚いたような表情で求持星を眺め、この男はいきなり何を言い出したのかと不思議そうにしている。

 時折、笑い声が響く。葛林や用心棒達が何やら賑やかに話しており、周維らの会話は聞こえていない。周維をはじめその周りに居る夏天佑、周漣、劉建和は黙って求持星の次の言葉を待っていた。

「あんたの言った意味が分かった」

 求持星は周維に顔を向ける。ぼんやりとした、力の抜けた視線だった。

「戻るか、此処に来るか――。劉毅様か、殷総監か……」

「あなたは、『何』ですか?」

 不意に周漣が求持星に訊いた。腰の前で手を組みやや俯いた控えめな印象の立ち姿。だがその物静かな佇まいが求持星の体を振るわせた。

「あ、あなたこそ、何故此処に居る? 何故殷総監と共に居るんだ? 周……婉漣」

「任務の内容をあなたに聞かせる事はありません。劉毅と言いましたね。殷総監が死んだと方崖に報告したのは劉毅ですよ? あなたは劉毅の部下、九宝寨の人間ですか?」

「……今はもう……違う」

「申し訳ないが」

 周維の声が二人の間に割って入る。

「その話は後で改めてして下さいませんか? 今は劉さんも居られるのですから。劉さん、何が何やらさっぱりでしょう?」

「あ、ああ……」

 劉建和はたった今我に返ったという感じで小刻みに頷いて見せた。

 確かに何の事を言っているのかは分からなかったが、出て来る名は全て劉建和も知っている。求持星が急に挙動不審に陥ったのも理解し始めていた。目の前の二人、夏天佑と周漣の正体は、北辰の総監であった『不敗剣』殷汪と北辰教主直属の部下である『七星』が一人、周婉漣だという。もしそれが本当なら全く縁の無い自分にとっても驚愕に値する事である。

 商いの為に行く先々で聞いた伝聞が本当ならばまず間違いなくこの二人は武林の実力者であり、こんな近くで顔を見る事などまず在り得ない。それともう一つはその武林の大物がこんな辺境に居て、しかも野良着を纏った青年――。周婉漣にしても一見、慎ましやかな淑女である。北辰の七星といえば北辰の前教主、陶峯に付き従う冷酷無比な暗殺者集団の様に囁かれていたが、全く雰囲気が想像と違う。それらが益々劉建和の頭を混乱させた。

「とりあえず、求さん。私にあなたをどうこうしようという気は無い事を分かって頂けたでしょう? こちらのお二人はあなたを知らなかったのですから。言った筈です。『戻るより悪い事にはならない』と」

 周維が言うと、

「この者が何をしに来たか――それによってどうするかを決めます」

 周漣の冷ややかな声が辺りに染み渡るように広がった。

「まぁまぁ、周漣さん。また改めて話しましょう」

「何の話をしてるんだ? さっぱり分からん」

 夏天佑が卓上に肘を着いて目の前の料理を突付きながら言った。

 

「あんたが此処に来たのは劉毅の命令なのか? 奴は何をしたいんだろうな?」

 夏天佑のこの発言は、自分が殷汪であると認めるも同然である。その名を耳にした事があるといったものではなく、間違いなく、劉毅を知っている。

 


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