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流浪一天  作者: Lotus
第八章
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第八章 三

 部屋の扉は開け放たれていた。この日は風も殆ど無く陽の落ちた後でも特に寒くなるという事は無い。しんと静まり返った部屋の奥には寝台があり、中を覗くと夏天佑が仰向けに横たわっていた。

 周維は笑みを浮かべて部屋の前に佇む。声を掛けるでもなく、そこで夏天佑が起きるまで待つかの様に立つ。

「何か用か?」

 待ったという程でも無い。周維が部屋の前に立ったほんの僅か後に、夏天佑が体を横たえたまま声を発した。目は閉じたままであった。

「そうですね。久しぶりに帰って来たので挨拶を」

 周維はにこやかな表情を浮かべて言う。まるで周維の方が客の様だ。

「お疲れですか?」

「丁度良い位だな。適度に充実してる」

 夏天佑は目を開けて、ゆっくりと上体を起こして寝台の横に足を下ろした。真っ直ぐに周維を見るその顔は寝起きの様には見えない。

「早かったな」

「そうですか? 結構ゆっくりしてきたつもりですが。武慶にも寄りましたから」

「ほう。何かあったか?」

「ありました。また後でじっくりお話しますよ。それから――実は会って頂きたい方をお二方お連れしたんですが」

「……俺にか?」

 夏天佑はじっと周維を見つめる。周維は穏やかな表情のまま見つめ返し、言葉を続けた。

「今晩は広間で皆一緒に食事しましょう。その時にご紹介します。それから、夏さんにはお土産もありますから」

「土産?」

「喜んで頂けるかは正直、私も不安ですがきっと懐かしい物ですよ」

「そうか」

 夏天佑は微かに笑うと再び寝台に仰向けになった。

「もう支度も出来ると思いますから、広間に来て下さい」

「ああ。格好はこのままで良いか?」

 夏天佑は外で着ていた汚れた野良着を着替えていたが、今の服は『汚れていない野良着』である。

「ハハ、全く構いません。集まるのはうちの者だけですよ。では夏さん、お願いしますね」

「分かった」

 夏天佑は寝台の上でじっとしたままだったが、周維は一瞥の後に部屋を離れた。夏天佑は睡眠をとろうとしている訳ではないという事を周維は知っていた。

 

 周維が再び広間に戻ると既に劉建和も求持星も呼ばれて席に着いており、洪破人らも広間にやって来たところだった。

「おい、あんた、どうかしたか?」

 入って来たばかりの洪破人が怪訝な表情を求持星に向けた。その言葉を聞いた周りの者も一斉に求持星を見る。

「求さん? あんたどこか具合でも悪いのか?」

 隣に居る劉建和が求持星の顔を覗き込んだ。

 求持星は額に汗を滲ませ、しきりに唾を飲み込みながら運ばれてきたばかりの料理を見つめている。一見、料理を前にしながら必死に空腹に耐えている様にも見えるが、視線は忙しなく泳ぎ続けながらもまるで体を縛られているかの様に硬直させる求持星は明らかにおかしかった。

 周維がそっと求持星の傍に寄り、耳打ちをする。

「求さん。心配は要りませんよ。何も」

「おっ、俺を、どうする……つもりだ」

 求持星は乾ききった喉から声を絞り出した。

  

「お部屋でお休み頂いた方が宜しいのでは? 私がお連れ致します」

 求持星の正面に座っていた女が立ち上がり周維に向かって言うと、求持星は勢い良く顔を上げて女を凝視した。その女は周漣であった。

「ん……そうですねぇ……」

 そこへ、夏天佑が入って来た。広間に集まっている者達をさっと見回し、周維の方へ歩いてくる。

「随分賑やかになるもんだな」

「夏天佑様、こちらへ」

 周漣が声を掛け隣に来るよう促すと、夏天佑はそちらへ向かう。

「かっ! 夏天佑? あんた……夏……」

 求持星はついに立ち上がり、震える腕を夏天佑の方へ向けて持ち上げた。周りの者は皆怪訝そうに求持星と夏天佑を交互に見ている。

「ん? 私をご存知か?」

 一瞬、鋭い視線を求持星に向けた夏天佑であったが、すぐに口元に笑みを浮かべて周漣の隣の席に腰を下ろした。

 周維が夏天佑に向かって言う。

「この方は求持星さんと仰る方で、武慶からこちらに戻る道中でお会いしましてねぇ。此処までご一緒させて頂きました」

 夏天佑は黙って頷いた。求持星というこの男に見覚えは無い。

「求さん。お部屋へ参りましょうか」

 不意に周漣が求持星に声を掛ける。すると、

「いや、だっ大丈夫……このまま……此処で」

 求持星はすぐさま椅子を掴んで座る。『部屋には戻りたくない』と拒んでいる様に見える。或いは周漣を、拒むのか――。

 

 求持星は黙ってまた体を硬直させており傍目にはとても普通には見えなかったが、周維はそれを放って劉建和を夏天佑に紹介した。

「そうか、真武剣の四十周年か……。あれからもうそんなになるんだな」

 劉建和は明らかに自分より若く見える目の前の男が四十年前を懐かしむような事を言い違和感を覚えた。四十年前といえば自分ですらまだ赤子である。

「俺は夏天佑。呂州の生まれでね。方々をうろついて今は此処で面倒を見てもらっている」

 そう話す夏天佑に、求持星がちらと目を遣りすぐに戻す。この時夏天佑は一切、求持星を見ていなかったが、隣の周漣は違った。瞳は相変わらず伏せた睫に隠れて見えない。しかし俯いてじっとしている求持星の様子を窺っていた。

 求持星の様子がおかしくなったのは明らかに自分の姿を見たからに違いない。その後、夏天佑を見て驚いていたのは我々二人を知っている? この求という男は何者なのか? どうやら求持星は恐れ(おのの)いている様だが、我々に何かされると考えているのか? 何を? 

 周漣は求持星を観察し続ける。

 

「さて、遥々都まで同行して頂いた皆さんも、留守を預かって下さった皆さんもご苦労様でした。稟施会の蘇と風が問題を起こし、皆さんを危険な目に合わせたと聞きました。本当に申し訳ない」

 周維は急に真剣な表情になり、集まった皆に向かって言う。一瞬、広間は静まり返ったが、すぐに葛林の声が沈黙を破る。

「どうってことあらへんっちゃ。あんなん周漣さんがあっという間に片付けたでなぁあ。気にする事あらへん」

「あんたは慌てとるだけだったあろうが。黙っときにゃあ。恥ずかしい」

 横に居る李施が葛林の袖を引っ張り、それと同時に今度は一斉に笑い声が響いた。

 


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