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流浪一天  作者: Lotus
第七章
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第七章 九

「ハハ、私の想像は当たっていたんですねぇ。いや、聞いた話は本当だった訳だ。求さん、あなたは運に恵まれましたよ。是非城南に行くべきです。あなたの、今後を大きく変える事になると思いますよ。戻るよりも悪い事にはなりません。絶対に」

 周維の言葉には力が籠もっている。

「命令……か? 俺は、命令なら何でもやるのさ……」

 求持星はゆっくりと顔を上げて周維を見つめた。

「んー、そうですねぇ。とりあえず求さんの身は私が預かった訳ですから、城南までは従って貰いましょうか。倚天も城南に行く訳ですしね」

「もう、俺の城南行きは決定か? まだ何も喋ってないが」

「それは追々、お聞きしますよ。城南はまだ遠い」

「ああ……」

 求持星の掠れた返事を最後にその場が沈黙する。

 

 樊樂が組んだ足を暫く小刻みに揺すってから口を開いた。

「さっぱり話が見えないだが?」

 見えていたのは周維と求持星の二人だけだろう。他の者に理解出来たのは周維が城南に来いと言い、求持星が従う事にしたらしい、という事だけだった。

「お前等はこれから劉さんのご子息を見つける事だけ考えてれば良いんだよ」

 洪破人の言葉に樊樂は口をへの字に曲げる。

「フン、もうとっくに大まかな算段は出来てるさ。途中、聞き込みしながらまず呂州へ向かう。(そん)の幇会を――」

「まだまともに動けるのか? あいつら……」

「とにかく、暫くは全て樊さんにお任せしますよ。我等も早く城南へ戻って手を打たねばなりません。雨の具合は……どうですか?」

 周維はそう言って廟の入り口の方へ首を伸ばす。まだ入ってくる者の方が多く、もう中は人で溢れそうになっていた。洪破人が言う。

「あまり変わってない様だ。旦那、足を伸ばして休むなら此処を出て街へ行かないと遅くなる。次の街の先は当分まともな宿は無いしな。安県を抜けるまでは……」

「そうですね。では皆さん、行きましょうか。もう少し辛抱すればまともな寝床を確保出来るでしょう」

 周維が手にしていた扇を胸に仕舞うと同時に、洪破人らが一斉に立ち上がる。すると、廟の入り口の方に居た数人の集団がこちらを指差して話しだした。どれも知らない顔で、どうやら場所が空きそうなので入れ替わりに座ろうという事らしい。

 洪破人らが再び荷を表に運び出す。雨は相変わらず激しく、屋根から落ちる滝のような流れが廟の前に水の壁を作っていた。来た時に居た老人や子供達の姿はもう見当たらない。

「こんな雨は見慣れているとは言うものの、慣れはしませんねぇ」

「確かに。雨季になれば城南は凄い事になるもんな。とりあえず止むまで我慢するしかない」

 洪破人が周維と自分の馬を牽いて来る。雨を気にしていては何も出来なくなってしまう。劉建和も空を眺めるのを止めて馬の方へ小走りで駆け出した。

「求さん、乗りませんか?」

 周維が求持星に言う。しかし求持星は頭を振って、

「いや、いい。必ず、城南に向かう。本当だ」

「ハハ、何も我々も大急ぎで駆けて行こうって訳ではありません。次の街で馬を用意します。そこまではゆっくり行きますよ」

 

「じゃあ旦那、俺達はとりあえずこのまま北へ向かう」

 樊樂、胡鉄、劉子旦の三人が馬に乗り、雨の中に整列する。三騎ともお揃いの派手な赤い飾りを下げ、馬だけは大層立派に見えるが、乗っている樊樂らはお世辞にも品があるとは言えず、若干不釣合いな感もある。ただ、樊樂の逞しい体躯と褐色の肌を見れば、この組み合わせはまた違った迫力を生む。 

「呂州、でしたね。真武剣派は既にあの辺りから都にかけて動いている事でしょう。いいですか? あちらが先に徐を――劉さんのご子息を助け出していたならそれで終わりです。無事ならそれで良いのですからね」

「了解だ。秘伝書は……別だよな?」

 樊樂が言うと、周維はにやりと笑う。

「真武剣派が手に入れていなければ。樊さん、出来るだけ真武剣派を怒らせない様にして下さいよ? フフ、取り合いにならない様に」

「ああ、それも了解だ」

「樊、真面目にやれよ。鉄、ちゃんと見張っておけ」

 洪破人が荷を馬に乗せて出立の準備を終え、周維の傍に戻って来た。

「ハハ……樊さんが私の言う事を聞く訳がありませんよ」

 胡鉄は笑い、隣の劉子旦と顔を見合わせた。

「フン、俺はいつだって大真面目だ。洪、全部俺に任せて、お前はさっさと周漣さんの所へ戻るんだな。彼女にお守りして貰えればこんなに安心な事は無いな。ハハ」

 樊樂は洪破人に対して遠慮する事も無く平気で挑発する様な物言いだ。かと言って仲が悪いという雰囲気でもない。おそらく今までこんな事を言い合って過ごしてきたのだろう。洪破人もまともには取り合わない。

「旦那、行こう。樊、さっさと行けよ。徐に敵わないと思ったらちゃんと周漣さんに助けを請うんだぞ? 彼女は優しいからお前を助けてくれるだろう」

「ハハハ、どうやら最初から周漣さんに頼んだ方が良さそうですねぇ。フフ……。さ、もう出ましょう」

 一行は二手に分かれ、それぞれ北と南を目指す。樊樂ら三名は威勢の良い掛け声と共に駆け出し、残った周維らはゆっくりと進みだした。

 

「おい、殺は洪達と一緒に行くみたいだぞ?」

「どういう事だ? あいつ寝返ったのか?」

「くそっ! あいつ買収されたに違いない! 奴等は金持ちだからな。何であいつだけ!」

「……俺達は逃げたからだろう?」

「あいつ……いいなぁ」

「おい……俺達も行くぞ」

「ゆ、許してくれるだろうか?」

「洪とは永い付き合いだからな。俺に任せろ」

 

 街道を進み始めた周維らの前に、男が三人飛び出してきた。しかし、誰一人として驚く者は居ない。その者達が街道の傍の林でこちらを窺っていたのを皆知っていたからだ。

「いい加減にしないと、本当に容赦しねぇぞ?」

 洪破人が進み出て、馬上から男達を見下ろす。

「おい! 殺! お前、何故一緒に行く? お前だけ抜け駆けか! 俺達は放っておくのか!」

 一人が求持星に向かって怒鳴る様に言うと、洪破人はその男の前を塞ぐ。求持星は黙ってその男を見ているだけだった。

「何言ってるんだ? ここに『殺』なんて男は居ない。人違いだな。こちらは求さんていうんだぞ? さぁお前ら、これ以上邪魔すれば、切る。もう俺も我慢の限界だからな」

 現れた男達は、先程求持星と共に襲ってきた――実際は求持星の後ろで見ていただけだったが――盗賊もどきの連中だった。

「待ってくれ! 洪! ……さん。どうか! どうか俺達もそいつと一緒に!」

 そう叫んで先頭の男が足元のぬかるみに座り込んだかと思うと、まるで水溜りの濁った水を啜ろうとでもしているかの様に頭を地面に擦り付けた。後の二人も慌ててそれに倣う。

「は? 一緒に? 何言ってんだ?」

「頼む! 何でも、何でもやるから! どうか俺達を、連れて行って……下さい……」

 最初の内は威勢良く声を張り上げていたがやがて言葉の最後の方は震え、男の手は、地面の泥を思い切り握り潰していた。

 


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