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流浪一天  作者: Lotus
第七章
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第七章 七

 洪破人と石、関、凌の四名だけが樊樂の言葉に呆気に取られている。劉建和と求持星も『刺した』という言葉にそれなりに反応はしたが、洪破人ら程の事は無い。言った樊樂はその反応を見てにやつき、周維は――平然と聞き流している。

「あの風を、だ。奴の体は確認した。急所を一突き、周漣さんは返り血を一滴たりとも浴びてなかったんで最初は疑ったんだが、他の者が何人もその様子を見ていたんだ。『とにかく凄かった』らしい」

「風を……」

 洪破人の声がかすれている。

「そうだ。周漣さんは実はとんでもない剣の使い手だったって訳さ。いや、剣か? 風は自分の剣でやられてたんだが……それを見た蘇は脇目も振らずに逃げ出したってよ」

「その、風というのは武芸の腕は良いのか?」

 不意に求持星が口を開いた。眼差しが鋭い光を帯びている。

「ええ。彼の腕はうちでも指折りです。随分と頼りにしていたのですが……悪さをされてはどうしようもありませんね。周漣さんが始末をつけてくれて助かった訳ですね」

 周維が答え、

「身内か?」

 求が再び訊く。

「いや、私と同じ周姓ですが、そういった繋がりはありません。もう一年にはなるでしょうか、うちで色々と手伝って頂いているお嬢さんです。お嬢さんなんて言ったら彼女は嫌がるでしょうかね。とても素晴らしい女性です」

「使い手で、似た名前の女を知ってる。知ってると言っても個人的な知り合いではないんだが、見た事はある」

周婉漣(しゅうえんれん)、かな?」

 劉建和が言うと、求持星は頷いた。

「劉さんも周婉漣を知っているのですか?」

 周維が尋ねると劉建和はすぐに首を振った。

「名前だけだ。あっちに行った時に耳にしたくらいなんだが」

「有名人かい?」

 樊樂が訊く。すると洪破人が呆れたといった様子で、

「ハ、お前知らないのか? 北辰の七星だよ」

「し、七星くらい知ってるぞ! でも確か……女って居たか?」

「お前、全然知ってねぇじゃねぇか」

 周維が笑い出す。

「ハハ、樊さん。北辰教の七星には女性が二人居るのですよ。一人はこの間、武慶に現れましてね。運良く拝見させて頂きましたよ。この世で最も恐ろしい女性だと噂の、林玉賦(りんぎょくふ)です。実に美しい女性ですよ。だからでしょうかねぇ? 余計に恐ろしさが増すのかも知れません。もう一人が周婉漣。この方は名前しかあまり知られてない様ですねぇ。求さん、どんな方です? 見たのでしょう?」

「林玉賦を見たんなら……そうだな、全て正反対な女を想像すれば大体当たってる」

「ほう……では、きっととても清楚で控えめ、淑やかで物静かな感じでしょうか? ハハ、林どのを良く知らないのにこんな想像をして、彼女に知れたら恐ろしい事になりますね。しかし……そうなると、うちに居る周漣さんは本当に北辰七星周婉漣によく似ている事になりますねぇ」

 周維の笑みが変わる。口元だけが僅かに歪んでいるが、その眼は力を増した。

 

「樊、蘇は何処へ行った? 目処は付いてるんだろうな?」

 洪破人は少し語気を強めて詰問調になる。

「項の話では都へ行こうと言っていたそうだ。おそらく都へ――」

「そんな事で捕まえられるか! どうやって探し出すんだ? 隠れる場所なんていくらでもあるんだぞ!」

「じゃあどうしろってんだ? 行き先をちゃんと蘇から聞いてなかった俺が悪いってえのか?」

  

 洪破人と樊樂のやり取りを聞きながら劉建和は考え込む。

(どうやって探し出す? この広い国に隠れる場所は幾らでも……奴は今、街中を両脇に子供を抱えて歩いている訳じゃない。何を手掛かりにすれば……?)

 秘伝書と、恐らく息子をも連れ去った(じょ)を本当に探し出せるのか、劉建和には自信が無い。今、話に出ている蘇という男はたった一人で逃げているらしいが、それに比べれば徐は複数の手下の様な取り巻きと、息子、劉馳方(りゅうちほう)に真武剣派の娘、李小絹(りしょうけん)まで連れている筈で、少しは目立つ様な気もする。しかし、それはほんの些細な違いだ。探し出すにはこの国は広過ぎる。自分一人では到底無理だろう。真武剣派が何人の人間を出すのか知らないが、それでも困難な筈だ。徐はじっとして何処かに転がっている訳ではなく、捕まるまいと逃げて行くのである。

 街に居るのか、それとも人の入らない山の奥深くに潜むのか? そんな事を考えていると、すでにもう見つけ出すのが不可能な状態になってしまっている様な気になってきた。

 

「二人共、落ち着いて下さい。こうしましょう」

 周維が二人の間に割って入り、二人を黙らせる。周維が決めれば、洪破人も樊樂も従うだけだ。

「蘇さんは、放っておきましょう」

「え?」

 全員が周維の顔を一斉に見た。劉建和と求持星もだ。周維は真顔で喋っている。

「三人も人を出して追う程の事はありません。そんな価値はありませんよ。蘇さんの追跡は終わりにして下さい」

「あ、ああ。旦那がそう言うんなら……」

 樊樂は驚いた顔のまま周維の命令に応じる。

「それより、城南から此処までわざわざ出て来た訳ですから、このまま戻っても全くの無駄足ですし、樊さん達はこのまま進んでもらって、調べて頂きたい事があります」

「……それは?」

「東涼の古い秘伝書とやらが現れました。真武剣派が今、追っていますが、それを探して頂きたいのですよ。出来れば真武剣より先に見つけるのが良いですねぇ。その秘伝書は武慶から表に出ました。何処へ向かったかは分かりません」

「つまり、誰かが持って移動してる訳か」

「そうです。城南にはまだこの話は行ってないでしょう。私達が戻ったら他にも増援を出します。樊さん、秘伝書を持っているのは徐という男です。十数人の手下を連れている様ですね」

「なるほど。俺達だけでは難しいな。他にも声を掛けて良いのか?」

「勿論構いませんが、厄介な事にその徐は人質を連れています。子供を二人。皆を動かすには東涼の秘伝書だけで充分ですが、実はそちらの方が重要なんですよ。その二人の確保が最優先なんです」

 樊樂がその太い腕を組んで考え込む。眉間に皺を寄せ真剣な顔つきで、

「そいつはその秘伝書を処分するかな?」

「恐らくそのつもりでしょうね」

「あまり間が無いか……」

「樊、その子供の一人は、こちらの劉さんの息子さんだ」

 洪破人が補足する。樊樂は劉建和に目を遣ると微かに顔を縦に数回振った。劉建和はじっと床を食い入るように見つめたままで何も言わない。樊樂はまた周維に視線を戻す。

「秘伝書は無くても良いのかい?」

「まぁ、仕方ありませんが……皆には秘伝書を追わせて下さい。そうでないと彼等はやる気を起こしてくれないでしょうから。徐の消息が分かった時にすでに秘伝書を処分していた場合、あなた方は徐の方を頼みます。いや、その前に……」

「人質と先に別れる可能性もあるな」

「ええ。樊さん、最大の目的は二人の子供を取り戻す事。それを念頭に置いてお願いします。それから、先程言った通り、真武剣が動いています。もう一人の子供というのは真武剣派の弟子らしいのですよ。この先、鉢合わせする場面が何度もあるかも知れません」

 


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