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流浪一天  作者: Lotus
第七章
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第七章 四

「殺! 何やってんだ早くしろ! あいつらが!」

 見物客となっている三人の殺のお仲間達は後ろを振り返りながら、やって来る馬を見て騒ぎ始めた。

「あーもう間に合わねぇ! 出直しだ!」

 一人がそう叫び、街道の脇の林に向かって駆け出し、他の二人もすぐに追う。山の中に住処があるとは思えないが、とりあえず逃げるなら山と考えていたのだろう。近くの村とは正反対の方向に三人は駆けて行く。

 あっという間に三人の男が居なくなり、殺だけが一人残された。殺は男達が駆け出すのを僅かに見ただけで、『自分も付いて行かなければ』とは全く思わないらしく、洪をじっと見ている。

「あいつらは俺達をよく知ってるからな。今こっちに来る奴は俺達の仲間だ。どうだい? あんたも退いたら。それとも、どうしても譲れない事情があるのか? あの三人とは別に……?」

 洪が殺に話しかける。殺の剣を持つ姿勢に変化は無かったが、僅かに目を伏せた様に見えた。もっともこの激しい雨の中では殆ど分からない。

「殺どのと仰いましたか?」

 周維が石と一緒に洪のすぐ傍まで来ていた。殺は周維をじろりと睨め付けるだけで返事は無い。洪は構えを解いて見せる。

「今来る奴も一人じゃない。出来れば退いて欲しいんだが……。一人でもやるのかい? まぁ最初からあんたは一人だったか……」

「洪さん。この方の用件は聞きましたか?」

 周維は全く警戒の様子も見せず、洪に話しかける。

「あー、聞いて無いな。ハハ、あんたの、用事は何なんだい?」

 洪が訊くと、殺はようやく上体を起こして剣をだらりと下げた。納める鞘の類は無い。

「俺も同じだ。……お前達の持っている荷を奪いに来ただけだ」

「それは? 荷を全部ですか? それとも、あの中の『何か』をご所望でしょうか?」

 周維がそう訊ねると殺は黙り込む。

「……俺達を追っていたのか? あの三人はずっとこの辺に居付いてる奴等だからな。他所へは行かない筈だ。あんた一人でずっと?」

 どうやら殺は周維の一行をずっと狙っていた様である。荷の中の『何か』に用があったという訳だ。此処へ来てあの三人に出会い、何を話したのか知らないが周維達を襲うという話になり、それに乗ったのだろう。

 今ある荷は城南から持ち出した物は無く殆どが都で手に入れた物ばかりで、中身を知るとすれば『それ』を手に入れた都においてでしか有り得ない。都を出てからかなりの日数が経っている。その間全く気付かないとは――洪はただ驚くしかなかった。横の周維を見るといつもの様に薄く笑みを浮かべていた。

 

「んん? おっ! 旦那!」

 街道をやってきた馬が周維達の傍まで来ると急に足を止めた。

「これは樊さん。意外な所で会いますねぇ」

馬上の人物に声を掛けたのは周維だけで、洪と石は殺から目を離さない。

 樊というこの人物は周維達と同じ城南の稟施会の者で、洪や石らと同様、用心棒の様な事をしている四十がらみの男だ。腕や首周りが太く、いかにも腕力に優れている様に見える。この男も洪のように褐色の肌をしていた。

「いや、旦那、実は……」

「樊、今ちょいと取り込み中なんだ。お前、一人じゃないよな?」

 洪が殺に目を向けたまま言う。

「ああ、(てつ)子旦(したん)が居る。もう来ると思うが……取り込み中って何だ?」

「ハハ、ちょっと待っていて下さい」

 周維が言って殺を見る。樊も初めて見る顔に気付き、鋭い視線を向けた。 

「我々の持つ、何が必要なのですか?」

「……なんだ? まさか盗賊か?」

 樊が言うのを石が手で軽くいなして遮る。樊は口をへの字に曲げ、とりあえず馬を降りた。関と凌、劉建和も周維の傍に集まって来ている。樊は劉建和にも目を向けるが関と並んで立っているので特に不審には思わなかった。 

 殺は口を開く。

「……取り戻す。倚天を取り戻す」

「イテン? 倚天剣……?」

 呟いたのは劉建和だった。都で倚天の剣が現れたと聞いたばかりだ。

(まさか、買ったのはこいつら……稟施会か? ……稟施会なら有り得る――か)

「倚天の剣はとても有名な剣ですが、あなたとはどういった繋がりがあるのですか? 取り戻すとは?」

 周維が再び訊ねる。殺はぼそぼそと話し出した。

「倚天は凡人の持つ剣じゃない……。あれは返して貰う」

「あの剣、あなたの物でしたか? あなたは相応しい……?」

 周維は茶化す様な口調で言う。

「北辰教の教主様の物だ。稟施会になど……」

「違いますね。あの剣は陶光とは縁が無い。たまたま方崖にあっただけなんですがねぇ」

『教主様』と言った時点で殺は北辰教の者でまず間違い無いと思われるのだが、周維はその『教主様』を陶光と呼び捨てにしているというのに殺は特に反応を示さない。北辰教に属する者は教主を絶対視する者が殆どで、教主の名を呼び捨てにするだけで殺されてしまう者さえ居る。知らない者には冗談の様な話だが、それは本当にある話なのだ。殺はそこまで狂信的では無いというだけだろうか? 或いは北辰とはあまり近くないのか――。

「お前は……何故それを知っている? 城南に持って行ってどうするつもりだ?」

 今度は殺が周維に訊ねた。

「どうしましょうかね。私は剣は持たないので、人に使ってもらう事にしますよ。勿論、あなたの言うようにあれは稀代の名剣です。並みの使い手の佩剣となるのは役不足というもの。はは、心配には及びませんよ。陶光などよりもっと、いや、最も相応しい人物にお渡ししますから」

「ほう……名は?」

 殺の様子はあまりにも不可解だった。教主陶光の為に剣を取り戻すという様な事を言いつつ、それにしてはあまり熱心でも無いような雰囲気で、本当は自分が興味があって追ってきただけなのかも知れない、と周維の周りに居る者達は思い始めた。

「まぁまぁ。まだ全然有名ではありませんから聞いても知らないでしょう。……そうだ、あなたは私を知っているのですね? 稟施会の……」

「周維。稟施会の主で守銭奴の悪人だそうだな」

「ふむ……名が知られるのは有難い事ですが、悪人とは……守銭奴というのも当たらない。あなたはそう思いませんか? あの倚天にどれだけお金を積んだことか」

 

 黙って話を聞いている劉建和は矢継ぎ早に想像を繰り返す。

(この……周維が稟施会の主? 何て事だ。同業とか言っていたが、それすら憚られるくらいに桁違いじゃないか。しかしあの若さで……世襲なのか? あんな法外な値段で倚天剣をいとも容易く買い付けておいて、人にやるだと? 一体何を考えて……全く分からん。俺は……城南まで行って、どうなってしまうんだ?)

 

 沈黙が続き、雨の音だけがうるさく辺りに充満する。ずぶ濡れになった殺に周維は話し続ける。

「あなたは……北辰の者ではないですね? あなたは、そうであるとは一言も言ってませんが。倚天は教主の物では無いので『返す』というのはおかしい。返すなら『殷汪に』、ではありませんか? 方崖の殷汪と共にあったのです。違いますか? それとも、知りませんでしたか?」

 


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