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流浪一天  作者: Lotus
第七章
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第七章 三

 盗賊と一口に言っても大小様々で、中にはもはや『軍』と呼んでもおかしくないのではないかという大集団まで存在する。その者達は自ら『盗賊』などとは決して名乗ったりしないがやることは同じだ。しかし規模が違う。盗人は密かに金のありそうな屋敷に忍び込んで金品をちょろまかす程度だが、大集団は街全体を襲う。金を奪うのは当然で、全てを壊し、女をさらう。今でもそのような事をやろうと思えば出来なくもないのだが、近年は鳴りを潜めていた。実際にやればその時は良いが確実にお上に目を付けられる。今上皇帝の代となってから朝廷はそれらに対して厳しい姿勢を見せ始めており、そのような派手な動きは後々自分達を苦しめる事になる。大規模な略奪行為があった事件は直近のものでも二十年近く前で、都からそう遠くない咸水の村を襲い、直後に自分たちまで何故か全滅してしまったという『百槍寨(はくそうさい)』と人々が呼んだ砦を根城にした集団によるものだった。

 そういった大規模な集団が大人しくなると同時に、小単位で動き回る盗賊集団がかなり増えていった。ただ、規模を保ったままの例外はある。東北部にある九宝寨(きゅうほうさい)が江湖に於いて最も大きい盗賊集団であるとされていたが、いつの頃からか少しばかりその性質は変わっていったらしく、太乙北辰教(たいいつほくしんきょう)との関係が深まっていった様である。噂では、丸ごと吸収されたのではないか、という。

 一度大規模な略奪に味をしめるとなかなか止められなくなる。多くの仲間と共に街を襲い、逃げ惑う人々を平気で後ろから剣を振るって骸にする。抵抗出来る者は殆ど居ないので、やりたい放題だ。

 殆どは剣を使うが、剣術を修めた人間がそういった集団にはそれほど多くは居ない。とにかく場慣れした素人で、運良く生き残った者達が顔や体に刀傷を作り、迫力だけは増す。市井の庶民を相手にするのだからそれだけで脅す事が可能になるのだ。剣の振り方などは何度も人と切りあっていればその内、多少の閃きもあるだろう。しかし剣術をちゃんと学んだ者から見れば、やはりただ振り回すだけの児戯に等しい。

 剣の扱いに長けた武芸者は需要がある。賊はとにかく手錬を多く集めたい。しかし武林の名のある門派で学んだ武芸者が盗賊に加担する例は少ない。それなりの腕が確かにあれば集団の首領に請われて待遇も良いだろうが、実際に事を起こすとなれば先頭切って剣を振るう事を期待されている訳で自分も表に立たねばならず、期待通りの働きをすれば目立つ。問題はそこで、自分が見つかってしまうのだ。かつて同門であった連中に、である。かつての門派を何の理由があって離れたにせよ、大人しくしていれば関わってこない。しかし表立って悪事を働いていると分かれば、必ず始末に来るのである。

 これほど恐ろしい事は無い。武林というものの恐ろしさは盗賊などとは話にならない程、違いがある。確かに盗賊連中は残虐で数が充分であれば敵無しにも見えるが、その動きはとても感情的だ。襲われたとしても冷静に対処すれば逃げる位は出来るだろう。しかし武林の門派が自分を狙えば――彼等は目的を定めれば非情で冷徹だ。かつて同門だった者が離れて悪となって江湖に害を成しているとなればそれを消し去る事に躊躇は無い。悪逆の徒となった者が自派の出であるなど認められる筈が無かった。同門の連中だけでなく武林が一体となって自分を殺そうとするだろう。児戯などではなく、本物の武術をもって、である。

 邪道に堕ちた者に容赦はしない――。これが武林の掟なのだ。

 

 かと言って、洪と対峙している殺という男が武林の出であったとしても、まだそのような目には会わないだろう。今のお仲間である三人の盗人はあまりにも――小物過ぎる。どの様にして知り合ったのか知らないが、出来る事なら今の内に縁を切っておくべきだ。しかしこの殺も何の考えも無しに今こうして剣を構えて居る訳では無さそうだ。『訳は無い』などというのは真実では無い筈である。

  

 再び殺が攻撃を仕掛ける。今度は様子見では無く、最初の突きは同じだったが素早い動きで二手、三手と重ねてゆく。一切無駄は無く、やはりそれは『剣術』であった。洪は慌てる事は無かったが一先ず防御に徹した。

「なるほど! 確かにお前等とは格が違うな! 何とも勿体無い!」

 洪は殺にではなく後ろで見物を決め込む三人に向かって叫ぶ。

「フン! 敵わないなら降参しろ! 荷を全部置いて行けば勘弁してやるぞ!」

「……敵わないとは言わんが」

 洪はそう言って殺を見つめた。直後、洪は地を蹴って間合いを詰める――が、殺はほぼ同時に弾かれた様に後方へ下がる。これもまた凄まじい速さの退き足で、洪との距離は少しも縮まっていない。再び腕を広げた体勢で構える。

「あんた……一体?」

「……」

 殺は何も言わずじっと洪を睨み激しい雨に打たれながら地面に溜まった濁った水を足でかき出すような足運びで徐々に位置を変えていく。そして三度目の剣突。今度は洪も攻撃の手を入れる。この男とは遊んでなどいられない――そう感じた。

 再び殺の剣が流れる様に繰り出される。傍目には洪が難無く捌いている様に見えるのだが、当の本人の心中は穏やかではなかった。

(型が完成されている……しかし一体、何処の……? これはちょいとやばいかもな……)

 洪は殺の剣技が何処のどういったものなのか必死に記憶を探るが該当するものが見当たらなかった。武林に遍く存在する武術は千変万化、ありとあらゆる変化を持つが、基本の大筋においてはそれほど大きく違ったりはしない。剣の型にしても人の挙動の流れは無限と言う程の組み合わせがある訳ではないのだ。無論、一つや二つの流れを覚えるだけでは全く足りない。優れた武芸者はそれらのより多くを長年かけて体で覚え、自らも用い、また敵のそれに対処し得る知識と技術を蓄える。洪は武林の武芸門派の人間では無いが、剣を振るう事を生業としている以上それらを疎かにすることは出来ない。可能な限り、今の武林にある武芸についての知識を蓄えてきた。

 相手の次の手を読み、先に行動するという事が戦いを有利に運ぶ為に最も効果的で、何より命のやり取りとなればそれは必須であるとも言える。

(くそ……もっとじっくり見たいが……旦那をこれ以上待たせるのは良くないな)

 洪はスッと息を吸い込むと勢い良く殺に向かって踏み込む。先程と同様に殺も素早く反応するが今度は洪の体は止まらず殺に迫っていく。いくら退き足が俊足であったとしても正面を向いて追撃する洪からいつまでも離れて居られる筈も無い。殺は突如、跳躍して洪の上を飛び越えようとした。洪の視界にあった殺の体の輪郭がぶれる。しかし見失いはしなかった。

 洪の剣が天に向かって突き上げられると、チィィィンと甲高い金属音が響く。洪の頭上で剣を受け止めた殺がニヤリと笑うのがはっきりと見えた。

(一体……何処の誰なんだお前は!)

 洪は焦り始める。殺は余裕の表情で軽々と洪を飛び越え、三間ばかり離れた場所にヒラリと着地すると再び腕を広げた。

「洪さん」

 石の声が背後から掛かる。

「……ああ、ちょっと手に余る……いや、ちょっとどころじゃないな」

「いや、(はん)さんだ。多分そうだ」

「何?」

「うちの馬がこっちに来る」

 洪は殺から目が離せずにいたが、樊という名を聞いて殺の肩越しに街道の先を見ると確かに馬が駆けて来る。赤地に金糸の派手な刺繍が施された帯を首に下げており、まだはっきりと見える距離では無かったが、洪もすぐに気付いた。

(何だ? ……何故此処に? ヘッ、まぁいい。不本意だがもしあれが樊の奴だったらこいつを押し付けてしまう手もあるな。来てるのは一人じゃない筈だ)

 洪はそんな事を考えながら殺に視線を戻す。殺にも石の声は届いていた様で、後方から迫る気配を気にしている様だった。

 


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