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流浪一天  作者: Lotus
第七章
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第七章 一

 この国を縦に貫く様に、都から国境の街である城南へと伸びる大街道。行き交う人々は絶える事が無く、恐らくそれは遠い古の時代から変わっていないに違いない。他と比べるとこの南への街道には特に多彩な文化が流れ込んでくる。旅人の装束を眺めているだけでもそれが感じられるだろう。街道は城南で終わっているのでは無い。国境を越えて更に南の国々をも貫いているのだ。

 しかし、この長大な大街道には所々に色を失ってしまった場所があった。かつては華やかだった街並みは醜く崩れ、全てが色褪せた廃墟。浮浪者が住み着く事も無い。そこには居る意味が無いのだ。かつては在り、今は何も無い場所。街道を往く者達は立ち止まろうとはせず、出来るだけ早く通り過ぎようとする。そうしなければまるで目聡い客引きの様に、死が擦り寄ってくるのである。

 

 黒雲が陽を覆い隠し、止まない雨が視界を遮る。皆一様に編み笠を乗せた頭をやや前へと傾け、先を急いでいた。

 此処には人の住まう場所がある。通りを往く旅人以外にこの雨の中を出歩く者は少ないが、民家が立ち並び人の気配がした。ただ、雨の音と薄暗い風景に自ずと意識を己の身の内に閉じ込めようとするので、それは微かなものだった。

 

 街道の傍にぽつんと建っている小さな小屋の軒下で、雨宿りをしているのか三人の男が身を縮めて話している。

「本当にやるのか? どうせ歯が立たねえぜ?」

「お前もあいつの腕、見ただろうが。今回はそう簡単にやられるものか」

「確かに多少はやる様だがあいつら相手じゃあどうにもならない気がするんだよなぁ」

「何言ってんだ。今回は違う。今度こそあいつを這いつくばらせてやる!」

「お前どうかしてるぞ! 俺達はあいつを入れても四人であっちは六人居るんだ! 絶対無理だって!」

「……俺も無茶だと思う」

「いつもならもっと多いんだぞ? 今回は六人だからこんな機会はもう巡って来ないだろう。しかもあの(しゅう)が直々に都まで行ったんだ。獲物はでかいに決まってる!」

「で? その頼みの綱はまだなのか? 俺達だけじゃ絶対に勝てない。あいつに全部切って貰わねぇとな。ほんとに(こう)に勝てるんだろうな? 他の三人も半端じゃねえ。一人は知らねぇが周のほうはまぁ大丈夫だろう。先に言っておくが、もし洪があいつじゃなくて俺を狙ってきたら、即刻逃げるからな?」

「……俺は、やりたくない」

「いいか。全員でやらなきゃやばいんだからな。手抜いたら承知しねぇぞ!」

「おい、もう来るぞ?」

 三人とも似たような背格好に着ている物まで殆ど同じ。どこをどう走り回ったのか分からないが上半身にまで泥を被っている。ずっと話続けていたが誰が何を言っているのかなど、話に加わらなければ解らないだろう。少ししてから雨の中を一人の男が小屋に向かって駆けて来る。三人はその男を同じ軒下に迎え入れると、それぞれが口々に何やら話し掛けている。これで四人。得体の知れない汚い男が一人増えただけだった。

 

 六騎の馬が街道を南下してくる。激しい雨に絶えながら駆けるという事も無く進んでいる。人間以外に大きな荷の包み二つを背に乗せた馬が二騎。それに速度を合わせながら前後左右囲むように四騎。此処のような大きな街道では特に珍しくも無く、遥か長い道のりを往く旅人は馬に乗るのが普通なのだ。買う金が無いものは延々と歩かねばならない。そして力尽きる者も居る。

「旦那。これ以上雨に荷を晒すとまずい。どこかで乾かさないと」

「そうですね……街はもうじきでしたか?」

「ああ。あの河を越えてすぐにある。宿みたいなもんは無いんだがとりあえず雨をしのげる場所はある。行くかい?」

「じゃあ、そうしましょう。洪さん、案内して下さい」

 

 周維(しゅうい)達、城南を目指す一行は洪の案内で街道沿いの小さな集落で休む事にした。しかしこの激しい雨は少し待ったからといって止みそうにない。恐らくまた雨の中を出て行く事になるだろう。

「まぁ濡れても良いとまでは言いませんが、万が一そうなっても駄目になってしまうような品はありませんから何とかなります」

 周維は隣に居る劉建和(りゅうけんわ)に言う。

「車を用意するほうが良いんじゃないか?」

「微妙なところですが、このままで。着いたら荷を降ろして出る時に私と洪さんの馬に乗せ変えましょう」

 四つの大きな包みは周維達が武慶に来た時に洪と三人の男がそれぞれ担いでいた物だ。都で仕入れたという品々が入っていると周維は言った。

「南に持って行くのは、国外に売るからなのか?」

 劉建和が訊ねる。彼もまた同様の商いを長年やっており、周維ら稟施会の商売には大いに興味がある。

「そういう物もあります。しかし大半はとりあえず手許に置いておきたいと考えている物です。あとは……お土産といったところでしょうか?」

 周維は少し微笑んで答えた。いつもは優雅な貴人のような雰囲気を漂わせている周維だが、この時ばかりは流石に皆と同様に頭に乗せた笠から滴り落ちる水に顔を顰めつつ少し前屈みになる。いつも手にしている扇子は濡らす訳にはいかないのだろう、どこかに大事に仕舞った様だった。

「商いというより、私個人の楽しみの様なものですよ。稟施会(りんしかい)の商いとして都に赴くならばもっと大人数で大量の品を仕入れます。高価な装飾品とかそういった物ばかりではないんですよ。あらゆる物がその対象です」

「一体どのくらいの人間が稟施会に居る?」

 劉建和の質問は当分尽きる事は無いだろう。聞きたい事は山ほどあるのだが、子供の様に一度に全て聞くような真似はしない。立て続けに腹を探られる様な質問を浴びせられれば相手は機嫌を損ねる恐れがある。劉建和にとって周維は商売相手ではないが、客商売に慣れきっているので商い以外の場でも自然に言葉を選んだり話す頃合を見計らったりといった事に慎重である。その辺は周維も同じであろう。

「うーん、千には満たないでしょう」

 周維があっさりと口にした数に、劉建和は驚いた。

(千に満たない? そんなに居るのか? 一体こいつらは……)

「徐々に増えていったんです。洪さん、あなたはもう何年になりますか?」

 周維が前を行く洪に声を掛けた。

「ん? そうだな……まだ三年、もう少しで四年目かな?」

 洪は振り返ってそう言うと、すぐにまた前を向いた。

「しかし……千とは、凄いな」

 劉建和はじっと周維の表情を窺っているが、薄く微笑んでいるその顔に変化は無い。

「千に満たない、と言ったんですよ? かの殷汪なら一晩で片付ける程度の数です……ハハ」

 そう言ってから急に周維が声を上げて笑うのを見て、劉建和はまた驚いた。

 

「待った」

 不意に洪が腕を真横に伸ばし、『止まれ』という仕草を見せる。荷を乗せていない一騎がすぐ洪の真横に付く。

「……またか」

「ああ。よく俺達を見つけられたものだが、もうここらで痛い目に会って貰わんといつまでも調子に乗る」

 洪らは頭を寄せて話している。先には街道の脇に小屋があり、どうやら隠れているつもりらしい男が数人居た。

 


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