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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 二十四

 郭斐林ら彼等の弟子となる世代にとって、師が武林に名を轟かせる事になった武勇伝は憧れであった。自分達もそうなりたいと夢を抱いて憧れの師に弟子入りするが、武林も含めて江湖は日々移り行く。今日の武林は師の若かりし時代とは違う。平穏が訪れた、とまでは言えないが、ある程度の安定が保たれている。そしてそれは師の世代が作り上げたのだ。

 弟子達はこの広い江湖に何かを求めて流浪の旅をする必要は無い。真武剣派を興した陸皓の弟子は皆、子供の頃にこの武慶で弟子入りし、陸皓が江湖に学び悟ったものを受け継ぐだけだ。若い世代は『それで良いのだ』と自分に言い聞かせながらも、外へ、広大な江湖へ飛び出してみたいという未練を残している。ほんの十数年前まで真武剣派にとっては敵対する組織であった太乙北辰教とそれに従属する勢力との争いが各地で絶えず、弟子達は剣を取って戦ったが、それらはかつて師が江湖をさすらった旅とは全く違うものだ。今ではそれすら無くなった。

 木傀風の言う江湖を見て廻るという旅はどのようなものだろうか? 丐幇前幇主の狗不死の『好き勝手ばかり』な旅とは? きっと何処へ赴いてもそこは懐かしい土地なのだろう。江湖を我が庭とする――。こんな事が言えるのはやはり木傀風ら古い世代の者達だけなのだ。

 

「そなた、まずは何処へ向かうのだ?」

 木傀風が不意に訊ねる。

「……それはまだ決めておりません。出来る限り早く……目的を達する為には皆で良く相談して決めなければなりません」

「うん。恐らく簡単にはいくまい。この広い国で人を探すのはなぁ。そなたの師父もよう分かっておろう。焦っても仕方の無い事だ」

「……はい」

 

「道長様」

 木傀風の許に常施慧がやって来る。郭斐林に向かって一礼してから木傀風に言う。

「支度は済んでおります。大さん達にも道長様の指示があるまで外に出ぬよう言ってあります。いかが致しましょう?」

「うん。そうだのう……」

「道長様、もう出立なされるおつもりなのですか?」

 郭斐林は驚いて木傀風に訊いた。

「うん、……いや、すぐではない。もう一度総帥に会ってからだのう」

「……師父にお叱りを受けるところでしたわ。安心しました。今回はこの武慶にお越し頂いた時から道長様にはご迷惑をお掛けして……」

「迷惑? 儂は最初から好きにやっておったがのう?」

「郭さん、私共の方こそ……。うちの大さん達がこちらのお弟子さんにご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

 常施慧が郭斐林に向かって深々と頭を下げた。

「おお、そうだ。武大がここの壁を壊したらしいが、儂からも詫びよう。済まぬ事をした」

「いえ……私がその……勘違いをして武大さんに失礼な事をしてしまったのです」

「まったく、あれは何処へ行っても騒がしい奴でのう」

「……おかげで武さんの素晴らしい掌法を拝見する事が出来ました。壁の修理など、安いものですわ」

 郭斐林はそう言って笑顔を見せる。偽りでは無い。詳しい事は何も分からないが、郭斐林にとってあれはまさに瞠目すべき技だった。本当は武大に色々と訊ねてみたかったが、きっかけが掴めなかった。

「あれか。詫びに少しだけそなたに聞かせようかのう」

 木傀風は自分の頬を撫でながらそんな事を言う。 

 思わぬ申し出に郭斐林は目を輝かせた。武大から聞くことが出来なければ他に知る者は師父、陸皓だけだろうと白千雲と話していたのだ。武大は木傀風の弟子ではないそうだが清稜山に居て古い付き合いであれば木傀風があの技を知っていてもおかしくは無い。

「うーん……」

 木傀風は微かに唸ってしきりに頬を撫でるというよりは擦っている。

「あまり話せる部分が見つからんなぁ」

 郭斐林は少し落胆する。『聞かせよう』と言ったからにはきっと木傀風はあの技についての何か、来歴くらいは知っている筈だ。『話せない部分』とは何だろう? 郭斐林がそれを知るのは好ましくない事なのだろうか。そこで郭斐林は密かに常施慧に目を遣る。武大についてはよく知っている筈だが、この時常施慧は少し俯き、黙って聞いているだけだった。

「実は儂と武大は同輩でのう」

「えっ?」

「あの掌法の手はある人物から教わったものでな。儂と武大は一緒に聞いたのだ。我が派の掌法にも様々な手が少なからずあるが、あれは儂も初めて目にするものだった。儂等はすっかり虜になってのう、武大と共に研鑽したという訳でな」

「そうでございましたか。道長様を夢中にさせてしまう程素晴らしい技なのですね」

「一手、ただの一手だが、その奥底は未だ儂にも測れぬ。武大も同じであろうのう」

 常施慧が口を開く。

「大さんはどうして道長様と一緒にその様な技を学ぶ機会を得たのでしょう?」

「ハハ、その人物を儂の許に連れてきたのが武大であったのだ。よくは知らぬが割と親しい付き合いであったようだのう」

「初めて聞きました」

 常施慧は少し驚いたように目を丸くしている。武大について自分にまだ知らない部分があったのかとでもいう様な表情であった。

「斐林、儂は色々と調べてのう、その技がどこから来たものなのかが分かってきた。そなたも興味があるなら追ってみるがいい。自分の手でな。その方が面白かろう?」

 木傀風はそう言って笑っている。

(その『どこから』が言えない部分ね……何かしら? 私の想像通りなら、師父、それから……陸大師兄……そんなこと、調べられない……)

「何も知らぬのなら手掛かりが必要だのう。儂はこれについて余り話せん。儂が話した事を知ったら怒り出すであろう人物が居るからのう。それは教えてくれた人物とは別。それから……そなたが知っても余り良い事ではないかもしれんな。そなたにとって、な」

「それは……技の内容ではなく、『来歴』の事ですね?」

「まぁ、そうじゃな。探るのは止めておけと言うべきかも知れぬが、武林にはこのような思わせぶりな謎めいた部分が幾らでもある。フフ、武林に関わりを持たぬ者にはそんな、たった一手の掌打に謎など……何の興味も沸かぬ事だが、何故か我等武芸者はそんな事まで気に掛かって仕方が無いもの。大きな声では言えぬが、儂も未だに追う者じゃ。斐林、秘密の話だ。秘密」

 木傀風はおどけた様に言い、郭斐林はつい顔を綻ばせる。武林で名の通った清稜派の掌門ですら謎の武芸と聞けば食指どころか腕を伸ばして掴みたくなってしまう。歴史の古い清稜派の武芸を余すところ無く受け継いだ木傀風がそのようなことでは他の門下に示しがつかないが、意外にも木傀風は目に留まった優れた武芸には清稜派以外のものでも貪欲に迫ろうとしている様だった。

「儂と武大以外に使えるであろう人間は、恐らく武林に三名。他に儂等の様に教わっていなければのう。一度失伝したと思われていたが、受け継ぐ者が居た。あの一手だけではない、全てをな。このご先輩は亡くなってもう数十年になるのう。その弟子は三人。いずれも存命しておる。この者達はその技を秘しておる訳でも無さそうだが、別にそれを売り出そうという気も無い。それゆえ武林に知られておらんのだ。……言えるのはこんなとこかのう」

「益々興味が沸いてまいりましたわ。道長様、感謝致します」

「儂が言った、という事は忘れて貰いたいのう」

 


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