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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 二十一

 呉程青はじれったそうに腕をばたばたと振った。

「そんな事より小絹よ。師娘しじょうは結構前に戻られたのに小絹がまだ帰って来てないの。今から師娘と一緒に劉さんの所へ様子を見に行くところよ」

「じゃあ俺も行こう。もう真っ暗だし、劉さんの所に居なかったら探さなきゃならないだろ?」

 孔秦が言うと鄭志均はフーッと溜息を一つ。

「やれやれ。こんな寒い夜にあいつ何やってんだ」

「ちょっとは心配したらどうなの?」

 呉程青はむっとして鄭志均を睨む。そこへ郭斐林がやって来た。

「師娘」

 孔秦と鄭志均が抱拳して迎える。

「師娘、私も行きます」

「そう? そうね。こっちに向かってるかもしれないけど、もう暗いし何かあったら大変だわ。行きましょう」

「はい」

 孔秦と呉程青の返事が綺麗に揃う。するとすぐに郭斐林が鄭志均に目を向けた。孔秦と呉程青の返事が余りにも揃って聞こえたので、何も言っていない鄭志均がかえって目立ってしまった。

「どうかした?」

「あー、いえ、お供します……」

 鄭志均がそう言って神妙に頭を下げるのを見て、孔秦と呉程青はまたも揃ってニヤリと笑みを浮かべた。

 

 郭斐林を先頭に弟子三人が後に続き、夜道を少しばかり早足で進んだ。暗くなったと言っても深夜ではない。通りには明かりも多く人も全く居ない訳でもなく、そう遠くないこの距離を歩いたなら道中何かが起こるというのは考え難い。郭斐林は劉馳方に李小絹を送るよう言ったのだし、李小絹が余程強硬に拒まない限り二人で来るに違いない。尤も、あの時より二人の仲が改善されていればの話だが。

 結局、道中に二人の姿を見る事無く劉老人の屋敷の近く、招寧寺の南門の前を過ぎる。もうすぐ劉老人の屋敷の門が見えるという所まで来て、前方にちょっとした人だかりが出来ているのを見つけた。

「師娘、何でしょうね?」

「あそこが劉さんのお屋敷よ……」

 郭斐林は険しい表情でそう呟くと更に早足でその人だかりに近付いて行き、後の三人も追った。

「すみません、あの、こちらで何か?」

 郭斐林は屋敷の門前で話している四、五人の輪に声を掛ける。するとその者達は郭斐林を見るなり「アッ」と驚きの声を発し、しばし言葉を失った。

「こちら……劉さんに何か?」

 集まっていたのは近所の者だろうか。中年の男女に老人、子供までも来ている。郭斐林が話しかけた者達は戸惑うように互いの顔を見合わせている。少し間を置いてその中の一人の男が口を開いた。

「……ここの」

 男は屋敷の方へ向けて顎をしゃくる。

「劉の爺様が死んでるんだ」

「えっ?」

 男がそう口にした途端、周りの者達がこの場を離れて行く。そして別の人の輪に加わって時折こちらを盗み見ながら、郭斐林達が現れた事を他の者に伝えている様だ。

 三人の弟子達は皆一様に驚いて顔を見合わせ、郭斐林は目を大きく見開いて男を凝視する。

(……そんな! 私が此処を離れてからまだ……) 

「郭さん。あんた……行って見てくるかい? 役人も来てるが」

 男は眉を顰めて郭斐林を見返している。

「行きましょう!」

 少し語気を強めて郭斐林が弟子達に言う。その声で孔秦らに緊張が走る。

(劉さんが死んでいる? では小絹は? まだ此処に居るのだろうか?)

 突然の事態にさすがの郭斐林もその胸に激しい動悸を覚えた。

 

 幾人もの近所の住人達が中を覗き込んでいるその門を郭斐林らが入ると、松明を掲げた男がすぐに駆け寄ってきた。

「ああ、郭さん、えらい事になりましたよ。ここの主人が死んでるんですよ」

 男は役人で、どうやら他にも何人か連れてきている様で、同じ格好の、松明を持った者が数名居た。

「郭さん、ここに来られたそうですね。見てませんか?」

「何をかしら?」

 郭斐林は辺りの様子を窺いながら淡々と応じる。

(私に尋問したいけれど、出来れば自分から言わせたいというところかしら?)

「ここには、うちの李小絹という娘も来ていたの。こちらの息子さんと知り合いなので。でも、まだ戻らないので見に来たんです」

「娘さん? いやいや郭さん、ここにはそのような娘は居りませんよ。息子というのは……殺された劉建碩の息子で? 今、奥に居ますよ」

「劉さんは、殺されたの? 確かに?」

「ええ」

 役人の男は顔を顰めて溜息を付いている。

「短剣で腹を。何度も刺されて、もう血の海ですよ。今、片付けていますけどね。郭さんのところの娘、というのは真武剣派のお弟子さんで?」

「……ええ。もうじきそうなるわ」

「あ、知り合いというのは孫の事ですかね?」

「……劉馳方よ」

「ああ、孫ですね。郭さん、その孫も居ないんですよ。何故か」

「居ない? 出掛けているの?」

「全く分かりません」

「あなたの言った息子というのは、劉馳方の父親?」

「そうです」

「会わせて貰えるかしら?」

「それは構いませんよ。私達も郭さんが来られた時の様子を窺いたい」

 郭斐林は頷いてから、後ろを振り返った。

「あなた達は此処で待ってなさい」

「……分かりました」

 孔秦が答える。郭斐林は役人を後ろに従えて、屋敷の中に入って行った。

 

 中にも結構な人数が居り、役人や遺体を処理した近所の男達らしい。郭斐林が部屋に入ると、大き目の寝台の前に座っていた男が立ち上がった。周りにも数人居る。その寝台には劉老人が固く目を閉じて横たわっている。

劉建和りゅうけんわだ。あんた、此処に来たんだってな? 爺さんの言ってた秘伝書とやらを持って」

 男の声は至って冷静だった。微塵も震えてはいない、郭斐林はそう感じた。ただ、目が少し赤くなっている様である。

「……ええ。私は李小絹という娘を連れて、丁度、日没の頃に参りました」

「で、渡したんだな? それを」

「確かに。そしてすぐに帰りました。ただ、うちの小絹はあなたの息子さんと親しいそうなので、少し残って話していた筈です」

 


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