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流浪一天  作者: Lotus
第六章
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第六章 二十

 李小絹も昼間はずっと真武観に居たので劉馳方りゅうちほうの祖父が来ていたという話しは既に聞き及んでいる。あの劉馳方が持ってきたぼろぼろの書物を取り返しに来たという事も。

(あの家の人間はほんと鬱陶しい。この街から消えてくれないかしら!)

 李小絹は厄介事を持ち込んだ少年には勿論、真武観まで乗り込んできたその祖父に対しても腹を立てていた。

 郭斐林が李小絹を伴って昼間の老人、劉建碩りゅうけんせきの屋敷を訪れたのは完全に陽が沈む僅か前だった。郭斐林が中に声を掛けるとすぐに劉老人が出てきてその後に孫の劉馳方も顔を出した。

「フン、まぁ日暮れ前じゃな。さあ、早う出せ」

「はい」

 郭斐林は懐から古い書物を取り出す。劉馳方から預かった時と全く同じ状態であったが、劉老人はひったくる様に受け取ると表、裏、中身にサッと目を通し、

「全く……ぼろぼろにしおってからに」

 そう呟いてからまた「フン」とこれ見よがしに鼻を鳴らしてさっさと奥へ戻って行く。「もう用は無いから帰れ」という事だろう。

「あの……」

 劉馳方が呟く様に言う。

「あの、すいませんでした」

 郭斐林は微笑を浮かべて、

「いいえ、勝手にお借りした私の責任だから。御免なさいね」

 劉馳方はただじっとしていた。

「それじゃあ、戻りましょう」

 劉老人はもう会いたがらないだろう。それにあの様子ならもうこれでこの件は終わりに出来そうだ。郭斐林が後ろに控えていた李小絹に言うと、劉馳方が慌てた様に李小絹に駆け寄った。

「あの、小絹。ほんとにごめん」

「……なんであなたが謝るのよ」

 李小絹は小声で応えるが冷たく突き放す様な口ぶりである。郭斐林にははっきりと聞こえていたが、劉馳方が何故謝って李小絹が何故怒っているのかまるで分からない。

「小絹、あの、話せないかな?」

「何を話すのよ!」

 急に李小絹が甲高い声を出して劉馳方も郭斐林も驚いた。

「小絹、どうしたというの? 今、私達は劉さんにお詫びに伺ったのだから、その態度は無いでしょう?」

「も、申し訳ありません!」

 李小絹はびっくりした様な顔をして今度は郭斐林に対して何度も頭を下げて謝る。やはり良く分からない。

(あの秘伝書の事とは別の何かが二人にあるのかしら?若すぎる気もするけど、まぁ年頃だし……)

「小絹……」

 劉馳方が声を掛けるが、反応は無い。

「小絹、私は先に戻るから、あなたは少し話でもしていきなさい。もう暗くなり始めてるから少しだけよ」

 郭斐林が言うと李小絹はすぐに顔を上げた。

「は、話なんてありません! 私も帰ります!」

「小絹! 少しでいいんだ! 僕が送って行くよ!」

 劉馳方が李小絹の袖を掴んで懇願するように言った。

 劉馳方は李小絹の胸の内を良く理解していた。自分が秘伝書を真武剣派に渡した事が祖父に知られて、祖父が真武観に乗り込んだ。この事が街の噂になればやはり他所の秘伝書を勝手に見た真武剣派に非があるという雰囲気になる。持ち主である祖父が取り返しに乗り込んだという事実がある以上、人々はそれを勝手に見たという事の裏付けとするだろう。  

 李小絹は最近ずっと真武剣派の弟子になるその日が来るのを待望しているといった事をいつも口にしていた。自分はもう真武剣派の人間なのだ、と。だから李小絹は怒っている。自分が他所の秘伝書などを持ち込まなければ「私達」にあらぬ嫌疑が掛けられる事など無かったと思っている筈だ。しかも自分が「李小絹に見せる」と言って秘伝書を持ち込んだ事も更に怒らせる要因になってしまった。李小絹も厄介事を持ち込んだ犯人に数えられる恐れがある。もう直ぐ真武剣派の正式な一員となれる筈なのに、その真武剣派の人達から嫌悪されるも知れない。だから、怒っているのだ。今日、このまま別れたら、もう会ってもらえない――。

(彼女に嫌われたくない……)

「小絹、君はもう……真武剣……派の弟子になるんだろ? きっと修行で頭が一杯になるんだろうな……なかなか会えなくなるかも知れない。それなのに……このまま、このまま会えなくなるのは……」

 劉馳方は自分の足元をじっと見つめたまま話し、李小絹は顔を背けて辺りに視線を彷徨わせている。郭斐林は黙って二人を眺めていたが、

「じゃあ、小絹。あまり遅くならない様に。そんなに遠くないけど送ってもらいなさい。劉さん、お願いね。それから後でお爺様に伝えて下さい。、郭がお詫び申し上げていたと」

 そう言って李小絹の返事を待たずに屋敷の門を出て行った。

 

 夜になり真武観の片付けを終えた孔秦こうしん鄭志均ていしきんが白千風の屋敷へと帰って来た。白千風は二人よりも先に戻って来ている。

「師父、只今戻りました」

「秦か。真武観は?」

「来賓の方々はもう戻られました。あ、丐幇の狗不死様とお連れの方が太師父様とご一緒でした。太師父様が、もう戻って良いと仰られたので帰ってきました」

「そうか。ご苦労だった。今回は太師父様も忙しくしておられる故、来賓の方々のお相手がなかなか出来ぬのでな。まだ数日は多くの方が真武観に来られるだろう。明日以降も朝から真武観に詰めておくのだぞ」

「承知致しております」

「お前達、食事はまだか?」

「あ、いや、……実は真武観の厨房で、その、少しばかり料理を分けて貰いまして」

「ふむ。それはまたこの上ない贅沢をしたものだな。うちではあのような料理はとても食べられぬからな」

「……ハハ」

「そうだな……今日はもう休んで良い。明日、遅れぬ様にな」

「はい。それでは」

 孔秦と鄭志均は白千風の部屋を出て自室に向かう。外はすっかり冷え込んで来ており二人が吐く息も白い。こんな日は武慶では一年の内でも数える程しか無いだろう。二人とも袖の中に手を引っ込めて首を縮めて歩いていると、そこへ呉程青が駆け寄ってきた。

「ねぇ小絹見なかった?」

「ん?」

「小絹は随分前に真武観から戻ってる筈だろ?」

 鄭志均が寒そうに袖を擦り合わせながら怪訝な顔をする。

「夕方に師娘と一緒に出かけたのよ。ほら、あの劉っていうお爺さんの所」

「ああ、あれか。でもなんで小絹も?」

「だってあの劉って人の家を知ってるのは小絹だけだもの」

「全く……うちに忍び込もうとするあの小僧に、真武観でわめき散らす爺さん……あの爺にしてあの孫あり、だ。小僧の親父もまともかどうか疑わしいな」

 鄭志均がしかめっ面をすると、

「いや、まぁ今回の事についてはあの劉さんが真武観に来たのも別におかしい事じゃないだろ? それだけ大事な物だったって事だ」

 孔秦は、直ぐに悪態をつきたがる弟弟子を諭す様に言う。



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